第1話 ステータス

「………………え?」


 思わず何かのイベントでも? と思ったが、それはどうも違うらしい。

 この通路は五階まで吹き抜けになっていて、屋上があるフロアまで天井がかなり高いのだが、そのドラゴンはその天井に届きそうなほどの巨躯だ。


 しかも歩く度に、その大き過ぎる肩幅のせいで、それぞれの階のフロアを軽く壊されていることから、こんなバカげた催し物をするわけがないと判断できる。

 たとえ巨大ドラゴンの人形で集客を図ろうとしても、被害が大き過ぎて逆効果だし。


 それに、だ。


「グオォォォォォォォッ!」


 まるで漫画から飛び出してきたようなリアルさもそうだが、咆哮とともに口から炎を吐き出すのだから驚きを通り越して夢かと思ってしまう。


 しかしこれは現実だ。その炎に包まれ、逃げ遅れた者たちが声を上げながら焼死していく。ドラゴンの足に踏み潰される人や食われる人もいる。

 まさにモンスターパニックの映画さながらの光景だ。

 肉の焼けたニオイや、血液独特の鉄のようなニオイがそこら中に蔓延していく。

 思わず口を押さえて吐き気を耐えるが、今はとりあえずするべきことがある。


「お、俺も……逃げなきゃっ!」


 だが通路は人がいっぱいで俺が入る余地がない。


 どうする? どうする!? どうするんだよ俺っ!?

 このままじゃドラゴンに近づかれて――っ!?


 俺の脳裏に自分が炎に焼かれてしまうビジョンが浮かぶ。

 何でこんなことになっているのかまったくもって分からないが、今はとにかくここから逃げ出さないといけないことだけは確かだ。


 でもどうやって……?


 そう困惑していると、目の前の通路を火炎放射が洗っていく。

 次々と火達磨になっていく人たち。

 その中の一人が、脇道にいる俺を見て手を伸ばしてくる。


「ひぃっ!?」


 俺はとっさに後ずさりをすると、その人物はそのまま前のめりに倒れて沈黙した。


「はあはあはあ……う、嘘だろ……!」


 すでにドラゴンの炎はここまで届くほどになっている。


 これじゃ通路に出たところで俺もこの人みたいに……っ!?

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! こんなところで死にたくない! こんなわけの分からない状況に飲まれたまま終わりたくないっ!


 だが死はすぐにそこまで迫ってきている。


「そ、そうだ! とりあえず隠れて……」


 とはいっても隠れられる場所なんて自動販売機の後ろくらいで……。

 それでも俺は身を潜めて、ドシンッ、ドシンッと徐々に近づいてくるドラゴンの足音に怯えながら息を殺す。


「何だよこれ……何なんだよ! いつからこの世界はファンタジーになったんだよ!」


 あんなドラゴンがいるなんて、まるでどこぞのRPGのような世界だ。


「くそっ! どうすればいいんだよ! 生きるため……死なないために何かないか……!?」


 だが無情にも時間は過ぎていき、とうとうドラゴンは脇道の前へと姿を見せた。

 俺はゴクリと喉を鳴らしながら、ゆっくりとドラゴンに視線を向ける。


 まるで山のようなその体躯は鋼色に輝いている。背には翼があり、尻尾は軽く振るうだけで台風のような風を生み出すだろう。

 それはまさにアニメや漫画、ゲームなどに出てくるファンタジー世界の代表生物であり、多くは最強の存在として描かれるものに他ならなかった。


 ドラゴンは矮小な俺の姿を捉えていないが、獰猛な眼を光らせ周囲を確認している。獲物でも探しているようだ。

 次いでけたたましいほどの咆哮を上げる。その音が床を、壁を、空気を震わせ、俺にその存在感と絶望を膨らませる。


 見ているだけで身体がガチガチと震えてきた。


 ああ、もう俺はここから逃げ出せない……。


 そんな諦めの境地に立ったその時だ。不意にドラゴンの頭上に赤いゲージが出現していることに気づく。ゲームでいうと体力ゲージか何かのようだ。

 それが徐々にではあるが減っていっている。


 何だあのゲージ……? 


 ジッと見続けていると、徐々に半分以上減り続け、もう少しでゼロになってしまう。


 そしてそのままゲージがゼロになった直後――。


「グガァァァァァァァァァァアアアアアアッ!?」


 ドラゴンが断末魔のような叫びを放ったあと、床に勢いよく倒れ込んでしまったのである。

 だが同時に、両眼に激しい熱と痛みを感じ、


「あっがぁぁぁぁぁぁっ!?」


 思わず声を出してしまい蹲ってしまう。


 マズイ、ドラゴンに気づかれるっ!?


 だが激痛はとても我慢できるようなものではなく、倒れ込み意識さえ朧気になっていく。気を抜けばすぐにでもブラックアウトしそうだ。

 このまま意識を失ったら、それこそもう終わりだと恐怖しどうにか耐えていると、段々と痛みが引いていき、ハッとなって顔を上げた。

 すると通路の上にいたはずのドラゴンの姿が消失していたのである。


「っ……ど、どういう……こと……?」


 何が起きたのか、ドラゴンが逃げたのか、何がどうなったのか分からないでいると……。



〝レベルアップしました コアモンスター撃破 ダンジョンクリア〟



 いきなり目の前に緑色の画面が現れ、そこに文字が浮かび上がっていたのだ。


「レ、レベル……アップ? レベルって……あのレベルのことか?」


 それはRPGを嗜むなら誰でも瞬間的に思いつくだろう。

 だってゲームの時と同様に、まるで似たような現象が起きているのだから。


 ドラゴンにレベルアップ……まさか……。


 反射的に途方もない考えが浮かび、思考がパニック状態で定まらない。

それでも解答を確かめてみなければならないことは分かっていた。

 とりあえず一度落ち着こうと深呼吸をする。


「こ、こういう時は一応試してみないと……な」


 オレはこういう状況に陥った物語にあるように、その言葉を口にする。


「――――――ステータス」


 もしかしたら何も起きず、ただ恥ずかしい思いをするだけかもしれないがと思ったが、それは期待通りに反応してくれた。




 鈴町すずまち 太羽たいは   レベル:38  スキルポイント:159


 体力:5/1470   気力:0/1880

 筋力:125  耐久性:107

 特攻:G%?S  特防:156

 敏捷:144    運:70


ジョブ:死神 (ユニーク)

スキル:死眼 (ステージⅠ【死線】)


コアモンスター討伐数:1

討伐ポイント:13500


称号:魔眼持ち・ドラゴンスレイヤー




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