異世界喫茶店ペルシャへようこそ

かかいか

第1話 主従とコーヒー

(ほんと融通が効かないんだから)


いつもガミガミ言ってくる騎士と喧嘩して飛び出してきたけど、行くあてがない。

それでも、飛び出した時に金貨を何枚か持ってきたのは流石と自分を褒めたかった。

行くあてがないと言う状況は少しも変わらないが。


(取り敢えず何処か適当な所に入ろう)


適当なところと言っても変な所に入ると、美味しく無かったり、ぼったくられたりと散々な目に合うので入る場所は選ばないといけない。

何処に入ろうかと考え込んでいると、一軒の店が目に入った。


(なんて書いてあるのかしら?この国の言葉では無いわね)


扉に書いてある文字は見たことがなく、少し不安もあるが、路地裏にあるのにそこだけ日が当たっていて、こじんまりとしている感じが入りやすそうだった。


(小腹も空いてるし、ここで時間を潰そう)


そう考えて扉に手をかけて開けると、入店を知らせるベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


カウンターの向こうには一人店員が立っている。この辺りではあまり見かけない黒髪、黒目だ。


(10代後半か二十代後半だとは思うけど、年齢が読み取りにくいわね)


「カウンター席へどうぞ」


自分が入り口でずっと立っていたからか、店員が席を勧めてくる。


「メニューはそちらです」


メニューを手に取って見てみるが、何が何だかわからない。


「オススメはあるの?」


喫茶店に書いてあるメニューなんて分からないので、店員に任せる。


「ショートケーキはどうでしょうか?」

「ケーキがあるの?」


ケーキは、貴族などが高い金を出して食べるもので、こんな喫茶店に置いているものではないはずだ。


「はい、うちのオススメの一つですよ」

「ならそれでお願い」


本当にケーキが出てくるとは思えないが、ケーキもどきぐらいは出てくるだろう。


「少々お待ちください」


そう言うと、店員は一度奥に引っ込んでからしばらくしてから戻ってくる。


「こちらがショートケーキになります」


目の前に置かれたケーキの見ためは、前見たものと同じ……それよりも美味しそうに見える。


「結構ちゃんとしてるわね」

「喫茶店ですから。ちなみに飲み物はコーヒーと言って、ケーキとセットです」


コーヒーと呼ばれる飲み物のは茶色っぽくて、あまり嗅いだことのない匂いがする。

一口飲んでみると、濃厚な……。


「苦っ!」


思わず口にしてしまうほど苦い。


(何これ!毒でも入ってるの!?)


店員の方を睨むと、少し微笑んでからカウンターの上を指差す。


「苦い場合はミルクか砂糖を入れてください。入れすぎると、甘くなるので注意してくださいね」


砂糖は結構貴重な筈だが、今は苦味をなんとかしたかったので両方とも入れてから飲む。


(ちょっと甘くなって普通に美味しいわね)


さっきは苦いだけだったが、今度は少し苦いだけで、美味しく感じられた。


「どうですか?」


店員が聞いてくるが、認めるのは何だか癪だ。


「普通よ、普通」


思ってることが素直に言えないこれは癖だ。


「ありがとうございます」


普通と言った筈だが、店員は嬉しそうにしている。

店員は無視して今度はケーキに手をつける。


(見た目だけは美味しそうだけど、味はどうかしら)


恐る恐る少しだけ口に運ぶ。


(美味しい!)


間にも果実が挟まっていて、甘さと酸っぱさがちょうど良い。

これほど美味しいケーキは食べたことがない。王族に出されるものでもこれほど美味しくないと思う。


「これ誰が作ってるの?」

「もちろん私ですよ。他に店員はいませんし」


これほど美味しいものを作れるのなら、宮廷料理人にだってなれそうだが、なぜこんな所にいるのだろうか。

このケーキの作り方を売れば億万長者になれるだろう。


「作り方は実家の秘伝ですから教えられませんよ」

「まだ何も言ってないわ」

「顔に書いてましたので」


思わず顔を触ると、少し笑われた。



****



食べ終わった後、フォークを置き一息つく。


「どうでしたか?」

「まあまあ美味しかったわ」

「それはありがとうございます」


いつもだったら素直に答えられないけど、するりと言葉が出てきた。

それに少し驚きながらも、残り少なくなってきたコーヒーを一口を飲んで、今更喧嘩していたことを思い出す。

苦い顔をしていると店員が声をかけてきた。


「何か悩みがあるんでしたら聞きますよ?」


いつもだったら断っているけど、さっきと同じように素直に話せた。

コーヒーに薬でも入っていたんじゃ無いだろうか。


「それじゃあ少し話して良いかしら」

「なんでも話してください」


少し間を開けてから話し出す。


「自分で言うのもなんだけど、私は良いとこのお嬢様で、お付き一人の騎士が付いてるのよ。

真面目で毎日うるさくて、騎士の見本みたいなやつだから、発言が少し刺々しいとか、笑顔がちょっと硬いとか、細かいところまでうるさいから喧嘩ばっかりしてたわ」


そこまで話してから一旦、コーヒーで喉を潤す。


「私のことを気遣っての事なのは分かるけど、今日は一段とうるさかったから飛び出してきたのよ」

「それでどんな顔をして戻れば良いかわからないと」

「それだけじゃ無いわ、こんな関係でいいのかなとも思うから、相手が変わってくれないかなと思ってるわけ」


いつも喧嘩ばかりで、このままではいけないとは思う。でも、どうすれば良いのかが分からない。

最後のコーヒーを飲むと、店員が口を開く。


「貴方はその関係を変えたいんですね?」

「出来ればいい方向にね」

「そうですか。では、一つ話をしましょう」


そう言うと、店員が飲み終わったコーヒーを指差す。


「貴方は騎士に、甘いコーヒーが美味しいと知って欲しい。騎士は貴方に苦いコーヒーが美味しいと知って欲しい」


店員は、話をしながらもう一度コーヒーを用意して片方の横に砂糖とミルクを置く。


「貴方は苦いコーヒーを飲めと言われて飲みますか?」


無言で首を振る。あんな苦いコーヒーなんて頼まれても飲めない。


「そうですよね。それは騎士も同じなので、甘いコーヒーは飲みたく無い。これが貴方たち二人の現状です。

これはコーヒーに例えていますが、どうしたらいいですか?」


私が何かに気づいた顔をすると、微笑んでから言う。


「そんな時は、少しだけ、ほんの少しだけ自分が変わってみてください」


そう言うと、コーヒーの横に置いてあるミルクから、スプーンで一杯だかすくい取る。


「貴方はさっき、砂糖一つとミルクを一杯と言う組み合わせで飲みました。でも、そこから少しだけミルクを抜いてみると、何か別の味が出てくると思いませんか」


そう言って、コーヒーに私が初めに入れた時より少し減らしたミルクを入れて、飲むように促す。

差し出されたコーヒーを飲んでも、そこまで劇的な変化は無い。

でも、心なしか少し苦く感じるコーヒーは美味しかった。


「何かを変えたいなら、相手に何かするのではなく、自分が変わってみてください」


一通り話し終えると、店員は説明に使った苦いコーヒーを飲んで言う。


「少し年寄り臭くなってしまって申し訳ないですね。

そろそろ遅いですし、お帰りなった方がいいでしょう」

「ええ。楽になったわ」


残りのコーヒーを飲み干し、金貨をカウンターに置いて席を立つ。早く帰ってやらなくてはいけない事が有るのだから。


「お釣りは相談料よ」

「有り難く頂いておきます」


扉まで歩いて、扉の取っ手を持つ。


「また来てもいいわよね?」

「ええ、ここは喫茶店ペルシャ。お客様の止まり木になって欲しいと思って建てましたから」

「それじゃあまたね…………ありがとう」

「またのご来店をお待ちしております」


店にベルの音が響いた。



****



「不思議な巡り合わせもあるものですね」


説明に使ったコーヒーを飲み干してカップを磨く。

店内には店員の呟きと、カップを吐く音だけが響いている。


「主従はよく似ると言うのは本当なんですね」


彼女がくる十分前ほど、ある一人の騎士がここに来たのだ、人を探していると。

騎士の方も同じような悩みを持っていたので、似たような話をしたが。


「うまくいってくれると良いですね」


独り言を呟いていると、扉の向こうから気配がする。新しいお客様のようだ。

ここは異世界と異世界をつなぐ喫茶店であり、相談所であり、止まり木でありたいと思っている。


「次はどんなお客様でしょうか」


扉が開き、入店を知らせるベルが鳴ると、磨いていたカップを置いて姿勢を整えて、入ってきたお客様に言う。


「いらっしゃいませ」

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