第76話コールドフィールド


 夕餉はアリスの品に加えて、鮎の塩焼きが添えられた。これがもう美味いのなんの。なんて便利な死袴屋敷。いくらでも居着いてしまいそうだ。そんなこんなの梅雨の入り。夜中の雨の……その中の。カッパを着て夜街を歩く影四つ。俺と綾花は鬼退治。付き添いでアリスと姫子。危険だとは説いたが、アリスが自動防御を獲得しているのは事実。性能実験の意味合いもあった。


 ――死んでも生き返らせられる。


 もしかしたらそんな安易な考えも在ったかも知れない。雨の降る中カッパを着て歩く。卜占組織によれば今日は鬼とかち合うらしい。人死にが出る前に決着したいところ。てなわけで結界。ヒュッと体感温度が下がる。


「鬼――っ」


 まぁこっちに言われたくも無かろうが。不死身の俺と、火焔の魔術師。氷水の忌み子に吸血鬼。どうにもこうにも意味合い的にはどちらが鬼やら。


「「「「「――――――――」」」」」


「なんか大量に出たんだが?」

「魑魅魍魎……ですね……。一種の……百鬼夜行ですよ……」


 ごちゃ混ぜの鬼の群体が現われた。共通しているのは身長が俺の膝上くらいの小さなサイズってことか。あとは人がそれぞれであるように、鬼もそれぞれだった。


「アリス。本当に大丈夫か?」

「ええ」


 爽やかに言ってのける愛妹。


「取り囲まれているな」

「しょうがない……でしょう……」

「一匹一匹は弱いですし」


 姫子も把握はしている様だ。


「お姉様は本当に?」

「既に貴方で証明したでしょうに」

「それはそうですけど」

「じゃ、後は任せた」


 ちなみに俺は鬼退治参加しない。徒手空拳だ。大物一匹ならまだしも、こんな群体を一々殴り殺していたら朝日が昇る。なのでフォローに徹する。


「――我ここに願い奉る――」


 綾花が入力の呪文を唱えた。


「――迦楼羅焔――」


 不浄を喰らうガルーダが鬼の群体を一部蒸発させた。そして突っ込む。


「「「「「――――――――」」」」」


 魑魅魍魎も綾花に襲いかかる。その全てが徒労に終わった。フィーバーフィールド。灼熱による対物防御。熱と質を完全にシャットアウトする無謬の壁だ。


「――アグニプラズマカノン――」


 火の神性。ソレによる亜光速の粒子砲。建物ごと魑魅魍魎を焼き払う。こっちはまぁいつもの通りか。反対側に意識をやる。


「――アルカヘスト――」


 魔力の入力もせず、演算のみで魔術を成立させうる。それほどまでにアリスは人外だ。


 ――アルカヘスト。


 万物融解液とも呼ばれる、錬金術の触媒でも究極の一品だ。あらゆるモノを溶かしてしまう王水よりタチの悪い伝説上の液体。氷水のパワーイメージとは聞いていたも、何故にやることなすことこうも突き抜けているのか。少なくとも質量体であれば防ぎきれない魔術だ。あらゆるモノを溶かすので、それだけで威力的。雨の中。まるで水で出来た蛇のようにアルカヘストはうねり動いて、アリスの指揮棒のように伸ばした指の動きに従うように魑魅魍魎に襲いかかる。まるで相手にならなかった。魑魅魍魎がな。ただアルカヘストに溶かされて消えるだけ。魔法は熱力学を無視しているが、あくまで計算上理屈に合わないだけで、自然現象には相違ない。その意味で存在するには質量がいる。それらがまるでアルカヘストと噛み合わなかった。


「無茶苦茶だな、お前」

「もう兄さん足手纏いにはなりませんよ?」

「それは有り難い」

「さて、では実験をしますか」


 雨の中、アリスはアルカヘストを解いて、魑魅魍魎に突っ込んだ。自動防御……常駐ソフトを試すのだろう。一応理屈は聞いている。


 ――コールドフィールド。


 あらゆる質量エネルギーの停滞を促す絶対零度の世界。それがアリスの自動防御の正体だ。在る意味でソレは綾花のフィーバーフィールド以上にタチが悪い。あくまでフィーバーフィールドは対質量防御。エネルギーまでは無力化できない。無論のこと綾花には、また別の『奥の手』があるらしいが、単純に切り札を切れない現状ではアリスの方が常識から幽離している。完全にベクトルを零に変える自動防御。質量どころかエネルギーや放射線まで完全に遮断するのだ。一応考えるに攻略法はないでもないも、鬼にそんな賢しい計算は出来ないだろう。その意味で、ある種無敵に限りなく近いアリスだった。事実、魑魅魍魎はアリスに襲いかかり消滅していっている。アリス自身は涼しげだ。この雨の熱帯夜で、なのに鬼を凍らせて弑している。瞬く間に鬼は減っていった。


「さすがです。お姉様」


 かなりギリギリな姫子の言葉。まぁ言いたいことはわからんじゃにゃーが。実際にアリスの無双ぶりは大したモノだ。アルカヘストで鬼を溶かし、認知外からの襲撃はコールドフィールドがフォローする。無敵艦隊もいいところ。


「これは……まぁ……どうしたものか」


 とっさに本音が出てしまった。


 火焔と氷水。


 相反する二つの二つともが、ある種の究極を以て具現していた。魔術って怖いな。不条理な技術の点は無論のこと、そこから付随する現象があまりに破格すぎる。


「姫子も魔術を使えるのか」

「やろうと思えば」


 それはそれは。


「なんか自分が常識人に思えてきたな」

「いや。さすがにそれはありませんよ」


 吸血鬼に否定されてしまった。俺って一体……。


「お兄様は魔術を使わないので?」

「精神腫瘍は聖術が治しちゃうからなぁ」

「それではお姉様の魔術も?」

「そこは上手くやってるつもりだ」


 心臓に溜まる呪詛だけを取り払って思念に対しては関知しない方向で。


「優しいんですね。お兄様は」

「アリスにだけな。他はまぁどうでもいい」

「それにしては器量が深いようにお見受けされますが」


 そうかね?


「別段敵を作るつもりは無い。単に敵が多いのは、世論より愛妹を優先しているだけで。その意味では狭量のそしりも免れない気もするがな」

「ですからお姉様もお兄様に惚れるのですね」

「アレは一種の病気だ」

「魔術師ですもの」


 いや、コンプレックス自体は既に抱えているモノの。


「ま、いいか」

「?」


 コクリと首を傾げる姫子。説明する気にも為らない。


「結局アリスもこっち側の素質を持っていたって事だよな」

「そう相成りますね」

「姫子はどう思ってる?」

「素敵なお姉様です」


 まぁそう云うよな。

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