第49話人の死した後
「ふい」
安穏と吐息を一つ。死袴屋敷でのこと。総指揮が終わり、今は夜。夕餉も美味しく、質素ながらに健康を配慮されていた。さすがのアリスクオリティ。で、今は風呂。
「温泉が湧くってんだから凄いよな」
「ついでに露天風呂まであるとは」
俺とアリスは感嘆とする。屋内風呂もあるが、どちらにせよ温泉だ。普通に考えて贅沢の極み。川の流れる初夏の夜景を見ながら、俺とアリスは風呂に入っていた。当然水着は着用済み。中々に度し難い恋慕の情よ。
「ん……ぁ……」
俺はビキニ姿のアリスの胸に手を沈めていた。心臓に溜まっている呪詛を取り除く。浄化する。正確には治癒か。普通に考えて、その源泉が分からないんだが、先の葬式で感傷的になったのも、此処に起因するのだろう。
「はぁ……ん……」
天城越え……ならぬ喘ぎ声をあげながら、アリスは自分の中の開放感に身を委ねていた。ちょっと何と言っていいかわからない嬌声だが、シスコンとしてはあり。無念。
プヨンと乳房が湯面に浮いた。
「スッキリしました」
「誤解を招く発言をするな」
頭痛。
「兄さんであれば生き返らせられるのでは?」
いきなり何を? そう思ってしまう。
「ええと。葬式の……」
「工藤さんか?」
「それです」
「可不可なら可だな」
人体構造に理解は無いが、俺の治癒は死者すら蘇らせる。目の前の証明が居た。
「ただ別に生き返らせても意味ないだろ」
「魔法検閲官仮説……ですか?」
「それもある」
その気になれば、神鳴市の総合病院に突撃して、入院患者を全員健康に出来るのだが、どうしてもその気が起きない俺だった。冷静に考えると検閲が働いているのだろう。魔法が神秘とされる所以がコレだ。
「ま、呪詛持ちになられても困るしな」
「あー……」
アリスがもう一人増える様な物だ。そんな厄介事は一人で十分である。アリスじゃなければ助ける気も沸き上がらない由。
「兄さんにとって私は特別なんですか?」
「既に言った気もするがな。普通にお前は可愛いよ。ついでにエロい。兄妹じゃなかったら例え相互の認識がなくても犯してたろうな」
有り体に言えば、血統の問題以外はオールグリーンだ。
「避妊します故」
「そーゆー問題じゃないことは……お前も察し得るだろ。あまり俺の頭を痛めるな」
「せっかく露天風呂で青姦が出来ますのに……」
言葉を選べコノヤロー。
「結局」
と珍しくアリスから閑話休題。
「死んだら後の人間が続くんですよね」
「人の死した後……か」
「工藤さんとやらが何者かは……まぁいいとして……」
俺と同じ考えらしい。
「なにかしら呪詛には為り申しまして。まして相手が鬼とも為れば……考えるに憂鬱ではございましょうぞ」
「土蜘蛛な。アレも何だかな」
「兄さんは本当に退治なさるのですか?」
「殊に事態はその方向に進んでいるな」
「綾花に任せるのは?」
「それで後手後手に回ってるんだろ」
「むー」
「いい子いい子」
ギュギュッと抱きしめる。後頭部を優しく撫でた。
「兄さんはお人好しすぎます」
「結構欲望に直結に生きている自負があるが……」
「綾花に協力する必要がありますか?」
「有無を問うなら無いな」
別段、俺とて鬼に積極的に関わりたいわけでもない。
「私の呪詛を取り除く必要はありますか?」
「以下省略」
「では――っ!」
「別段、何かを願って生きているわけでもないしな」
俺は金色の髪を梳く。
「快い日々を送るには、妹には元気で居て欲しいし、鬼に煩わされることも排除したい。その点でいえば……まぁ、慈善事業の様な物だ」
「兄さんに危ない目にあって欲しくはありません」
「すでに不死身だから、その点の心配はいらんな」
「万が一……があります!」
「大丈夫だ。お前より先に死ぬ気は無い」
「兄さんはズルいです」
うん。まぁな。ちゃっかり抱きしめることで、胸板におっぱいが押し付けられ、それが性欲に直結しているのは、ある種のズルさだろう。御本人には言わないも。
「死んだら何も残りません」
「残るさ。アリスの記憶にはな」
「ですけど、私は破滅の未来しか……」
そこをどうこうは、俺の管轄外なんだが。フォローする分には俺の領域としても、精神的な呵責は、あまり上手いことが言えない。とはいえ、アリスにヨハネが必要なのは、俺自身も覚ってはいる。
「ま……生きてりゃ露天風呂にも入れるし、川魚の塩焼きも食べられる。それで万事良しだろ。死んで灰しか食べられないなら、それはまさに地獄だ」
「餓鬼道は地獄道とは別ですけど」
「六道四生も因果の内だ」
「結局何でも無いんですね」
「テレビを付けろ。葬式なんて何処でもやっている」
「この屋敷。地デジはどうしているんでしょうね?」
「そこはまぁ突っ込むのも野暮の領域じゃないか?」
端的に述べて、「何でも在り」には相違ないも。
「しかしコレはコレで乙だ」
「露天風呂に何時でも入れるのは強みですね」
「それだけでも死袴屋敷の居を移して正解だったな」
「兄さんの規格外さが無ければ、こうまで死袴に関わることもありませんでしたでしょうに……。いえ、責めているわけではありませんけれども」
「責めてもいいんだがな。どちらにせよ、アリスの呪詛の根源を探るには、何かを願うしか方法はない。単に目の前にあった手段が綾花ってだけだ」
「嫉妬します」
「それがお前の心の形だからな」
「兄さんは私を解放するためなら綾花に取り入るんですか?」
ソレがどういう形を取るのかは……まぁ今後の展開次第ではあるも。
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