第47話二人目の仏
朝のホームルームは衝撃的だった。
「えー、工藤さんが亡くなりました」
――誰? と思う程度には薄情な俺。聞くにクラスメイトらしく、今朝方遺体の身元確認が終わったとのこと。死因は公表されず、とにかく「クラスメイトとして葬式に顔を出せ」程度を言われてホームルームが終わる。
「どう思います? 兄さん?」
「綾花が朝居なかったことと関連づけすれば嫌な予感が背中に奔るな」
その程度はアリスも覚えるだろう。でなければもうちょっと俺らは幸福で居られる。
「死因が公表されないってのもな」
持病や交通事故でないのは確かだ。
「土蜘蛛……」
「糸でバラバラにされたなら、たしかに遺体として検死に回されてもおかしくはないか……。警察の皆様も御苦労な事だが、納税者には逆らえず」
「綾花は……」
「あんまり良い予感もしないもの」
口に出すと現実になりそうで怖い。しばらく午前の授業を受けた。クラスメイトの死亡には学校も震撼したも、困惑と並列して収まっていく。そりゃ完全に他人事なので致し方もあるまいよ。俺だってそうなんだから。アリスに至っては「はぁ、さいで」で終わる。
「香典を包むべきか」
「お金在りませんよ?」
「銀行に行くしかなかろうな」
そんなことを俺は思う。
ウェストミンスターチャイム。昼休みだ。
「失礼をば」
綾花が相席した。いつもの石焼き麻婆豆腐。いや豆腐はカロリー低めなので好印象ではあれど。相も変わらず空気のような御仁。アリスは色んな意味で悪目立ちしているも、綾花の方は異常なまでに空気と一体化していた。
「で、鬼か?」
「鬼です……」
端的に答えられた。
「圧縮された斬撃痕が見つかりました……。どう考えても糸使いでしょうね……」
「で、此処で言えば土蜘蛛か」
「実際に……その斬撃性は類を見ませんし……」
「アリスのウォータージェットは?」
「あー……」
「何か文句でも?」
「ないですけど……ちょっと考えるところも……ありまして……」
それはいいんだが。
「警察でどうこうできるレベルを超えていないか?」
「それですよね……」
土蜘蛛が警察に捕縛されるなら、それが一番良い形の解決ではあれど、どう考えても職務外の管轄だ。「給料のために死ね」と言われて土蜘蛛を相手取る警察官が、はたしてどれだけ居ることか。
「二人目の仏か」
「合間は空いていますよね?」
アリスも考えないでは無いらしい。
「さすがにジャック・ザ・リッパーが事件に関与すると、魔法検閲官仮説にそぐいませんので。魔法の法則は其処に集約されます」
「いくら魔法生物でも派手なことは出来ないか」
「不燃爆弾の爆発に便乗して大量殺戮を犯すならともあれ、普段であればそうですね」
「結局綾花はどうしたいんだ?」
「ヨハネを餌に……土蜘蛛を釣りたいんですけど……」
「……………………」
半眼で睨むアリス。ソレを分かった上での彩花の発言だ。さすがにアリスの人格形成には理解を得ている様子。そもそもブラコニズムを患っているので、俺の敵は須くアリスの敵だ。ここで愛らしいヤンデレ妹なら良いんだが、コイツの場合はどこに離着陸するかも知れたものではない。
「兄さんに死なれたらおっぱいの意味が消失します」
「別の奴に揉ませてやれ」
「兄さん以外はダメです」
「えと……」
綾花は石焼き麻婆豆腐を食べながら狼狽していた。
「下ネタですか……」
「アリスと居ると不足はしないな」
「ヨハネ兄さんは、その顔の造形がセクハラです」
馬鹿にされてんのか?
「乙女の性欲を刺激します」
あ、そっちの意味で。にしても濡れ衣だが。実際問題こっちには切れるカードがないんだよな。死ぬのも嫌だが、アリスの扱いも手に余る。
「で結局、土蜘蛛を弑するで良いのか?」
「他に解決案も……ありませんし……」
「じゃあ協力するか」
「兄さん!?」
アリスが悲鳴を上げた。衆人環視がざわめく。
「アリスは黙ってろい。別段死ぬわけでもなし」
伸ばした人差し指を唇に当てる。
「――鬼に襲われるだけでも異常事態です。兄さんが汗を流す理由にはなりません」
声を潜めてアリス。カルボナーラを食べながら俺は言う。
「別段殺される心配も無いしな」
「兄さんは出鱈目すぎます」
「そこは理解を得られると思っているんだが?」
「~~~~~っ!」
ギュッと目を瞑るアリス。ちょっと萌え。
「どちらにせよ土蜘蛛の惨殺事件は終わらせないと、アリスが危ない。俺と綾花はどうでもいいが、アリスはまだ無理だろ」
「兄さんなら生き返らせてくれるでしょう?」
「可不可ならな。問題はそうなった場合のお前の呪詛だ」
「あーっと……」
眉をひそめる……というアレ。
「呪詛が悪化すると?」
「最悪可能性としては有り得るな」
茶を飲む。
「むぅ」
そんなわけで、アリスには黙って貰った。
「遺体は葬式に出るのか?」
「えと……無理です……」
石焼き麻婆豆腐。
「全身バラバラにされていますので」
「さいか」
「葬式には出るので?」
「香典を包む程度には。綾花は出ないのか?」
「クラスメイトは予想外でしたけど……鬼を追うのが先ですし……」
「ま、気持ちは分かる」
「兄さんは私が守ります由」
「頼りにしてる」
案外本気でそうなったりしてな。この時は俺もそう楽観していた。
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