第46話ある朝の


「ヨハネ様。ご朝食が整っております」


 とは死袴しばかまの使用人の言葉だ。正確には式神だったか。


「はいどうも」


 アリス以外に起こされるのは久しぶりと呼んで事実だった。


「あら? アリスは?」

「ご朝食を作られています。キッチンに不慣れな様なので、別の使用人がフォローしておりますが」


 さいでっか。


「ん? 電気とか通ってるのか? 此処」

「電波も受信していますよ。ファイワイも繋がっておりますし」

「あ、そ」


 頭を掻いて、とりあえずの思考放棄。布団を出て立ち上がる。畳の部屋だ。障子は縁側に繋がっており、青々とした緑が出迎えてくれる。夏仕様のようだ。初夏と言っても過言じゃ無いしな。式神に連れられてダイニングに。システムキッチンからヒョコッとアリスが顔を出した。


「兄さん!」

「おはよ。朝食はお前が作っるんだって?」

「ええ。システムキッチンも普通に作動してますよ。電気とかどうしてるんでしょ?」


 そこはお前も疑問を持つのな。


「お飲み物は如何しましょう?」

「あればコーヒーで。砂糖はいらんがミルクをお願いする」

「相承りました」


 式神がコーヒーを淹れてくれた。既に朝食は並べられている。俺とアリスの分。今日は山菜御飯とハムエッグと味噌汁。


「結構近代的な食べ物もあるんだな」


 ハムエッグはちょっとしたカルチャーショックだった。


「冷蔵庫は普通に現代でしたよ?」


 一応現代文明に適応はしているらしい。山菜御飯は別として。川魚が捕れるというのも一種の強みではあろう。ただ電気や伝播が届く範囲で文明人とは死袴の家の器用さの証拠だろう。


「ちなみに味噌は式神の自作だそうで」


 別の意味でカルチャーショック。


「ところで綾花の御飯は?」

「要らないって聞きました。早朝に出かけたらしくて、私も顔を見ていません」

「不吉なことじゃないといいんだが」

「どうでしょうね?」


 首を傾げるアリス。実際問題、綾花が動いたならどう考えても魔法関連だろう。土蜘蛛も退治できていないしな。


「兄さんエッチなこと考えてます?」

「お前のテーブルに置いたボインの大きさを改めるくらいにはな」

「えへへぇ」


 そこで照れるのかよ。日常茶飯事。


「に、しても味噌汁美味いな」

「さすがに職人技ですよね」


 味噌の香りが市販とあまりに違いすぎる。


「私はダシを取っただけですので」

「いや、そっちも十分に美味いんだが……。塩味を良い具合に操作してるよな」

「光栄です」


 ヒラッとアリスは笑った。ちょっとした幸福。それを噛みしめるような笑顔だ。こういう素の反応は俺の心を捉えるのだが、教えると厄介なので黙っておく。


「しかし五月も後半か」

「中間考査の時点でそんな感じですけど」

「さいだな」


 味噌汁を一口。味噌。出汁。具材。この三つを以て南無三宝。


「しかし此処で暮らすと健康になりそうだな」


 ハムエッグはともあれ、自作の味噌と山菜御飯。太陽はこの際何なんだろうな? 結界……異世界か。その本質を俺は知らない。


「まぁ良いじゃないですか。キノコも採れるそうですよ?」

「マイタケがあるなら天ぷらにして欲しいな」

「相承りました」


 ニコッとアリスがまた笑う。

 それから制服に着替え、外に出る。隣には夏服姿のアリス。薄着はこの際NGなのだが、校則で決まっているので反論の余地も無い。ていうか突き出た胸が目に毒だ。着やせするタイプでも無いしな。これで俺の隣に立つんだから、心臓の一つや二つは持って行かれる。我が妹ながら恐ろしい。もちろん良い意味で。


「じゃ、行くか」

「鬼は襲ってこないのでしょうか?」

「昼間は大丈夫らしいぞ」

「聞いてますけど……」


 心配もする……か。たしかにアリスの呪詛は不幸を招く。ソレを一身に浴びるの俺で、だからその点ねアリスは俺に負い目を持つのだった。何時もそうなら可愛いんだが。


「むぎゅ」


 アリスが俺の腕に抱きついてくる。二の腕が幸せ。包み込まれてポヨンポヨン。


「兄さんは私が守ります」

「期待しているが、まずもって俺をどう害す?」

「えと……どうでしょう?」


 ワンセルリザレクション。その絶対防御はどうにもならないレベルだ。


「うーん」


 真剣に悩まれてもな。


「でも守りますので!」

「考慮しよう。ところで魔術は使えるようになったか?」

「幾つかは……まぁ……」

「結局何なんだって話だが」

「才能ですかね?」


 それで済むなら穏当なりしも。


「ま、結局は当人次第だな」

「然りですね」


 ムニュッと乳圧が俺を襲った。うーむ。モラル崩壊。同じく高校に通う愛すべきスクールメイトがゴミでも見る目でこちらを見ていた。そこまで批難される意味がいっちょんわからんのですが。ともあれ。


「今日も学業を頑張りますか」

「兄さんの居眠りは内申点に響きますよ」


 うん。まぁ。そうだろな。


「推薦を貰うのは厳しいか」

「兄さんなら実力で入れそうな物ですけど」

「そうだったらいいな」


 サラリと俺。受験勉強が完全に他人事なのは、俺の悪い癖かも知れなかった。


「そうでなくとも悪目立ち」

「お前にだけは言われたくない」


 アリスの方が目立っている。そのパイオツとか御尊貌とか。舌打ちが聞こえた。


「ほら、目立ってる」

「兄さんが格好良すぎるのがいけません」

「ブラコン」

「ええ。名誉ある称号でしょうに」


 それもなんだかな。いや別に足を引っ張られるなんて思っているわけではないが、それにしてもアリスの影響は男子生徒諸氏には強大で。いいんだけども。

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