第24話魔法とは


「そもそも……魔法とは……なんでしょう……?」


 何か……と問われてもな。


「神秘の御業じゃないんですか」

「では神秘とは……?」

「神性の秘匿」


 脊髄反射の答えだな。それは。アリスらしいと言えばその通りではあるも。金色の髪が春風に揺れる。突出した美少女だ。我が家の愛妹は。


「では秘密になっている……ABC兵器は魔法だと……?」

「むぅ」


 そこで齟齬が発生するわけだ。


「では神秘とは?」

「魔法検閲官仮説……です……」

「魔法検閲官仮説?」


 なんじゃらほい?


「この世に存在するありとあらゆる魔法は……その存在を検閲される……。そんなルールが……存在するんですよ……」

「ふむ?」


 アリスが考察していた。俺としても確かに納得は出来る。俺のような治癒能力者は普通ならもっと社会に貢献できる。その意義を俺は見出していなかった。つまり検閲が入っていた? ……そう考えると納得はいく。けれどもそうなると、魔法とは俺とアリスにすら検閲する物では? そうも思ってしまう。


「ですから……。検閲官仮説は……魔術師の間では……機能しないんです……」

「俺は魔術師じゃないぞ?」

「でも……聖術師ですよね……?」


 その言葉もよう分からんが。魔術と聖術にどれだけの違いがあるってんだ? 魔なるモノか聖なるモノか。たしかに治癒の超能力は聖なるモノかも知れないが、それほど持ち上げるものとも思えない俺ではありました。


「兄さんはやっぱり凄いです」


 その前にボインを押し付けるのを止めろ。理性のタガにも限界はある。


「さて……、ここで魔法とは何ぞやに……立ち返るわけですけども……」

「そう言う話だったな」


 ちょっと脱線したのは認める。


「魔法とは……超熱力学第一法則のことを指します……」

「「ちょーねつりきがく?」」


 首を傾げる観柱みはしら兄妹。


「熱力学第一法則は……知っていますか……?」

「エネルギー保存の法則よね?」


 普通に教養で習うルールだ。


「ええ……」


 コックリ。綾花は頷く。まるで教鞭をとっている教師の様に。実際に教師なのだろう。俺ことヨハネと愛妹のアリスは、魔法という言葉を良くは知らない。


「つまりエネルギー保存則……熱力学第一法則を無視する法則。これを『魔法』と呼ぶんですよ……」


 魔なる御業。魔法が法則で、魔術は技術。綾花はそう云った。


「ヨハネの治癒だって……普通に考えれば……熱力学を無視した御業でしょう……?」


 それは確かに。なんのエネルギー補填もなく欠損を補填してしまう。治癒がそんな御業なら、確かに熱力学第一法則は完全にシカトしている。っていうか、物理学上の破綻理論じゃないか……コレ? 少しそう思った。


「ですから……魔法検閲官仮説が……成り立つんですよ……」

「神秘を検閲する法則」

「ええ……。魔法はどうあっても……社会の表沙汰にならない……そんな法則です……」


 つまり。


「つまり綾花の魔術も……」

「えと……そんな御業です……」


 照れ照れと頭を掻く綾花だった。シルクのように白い髪が揺れる。


「――我ここに願い奉る――」


 呪文。


「――灼火――」


 ボッと炎が燃えた。あるいは萌えた。


「熱力学を無視して……行なう技術……。これを業界では……魔術と呼びます……」

「魔法が法則で魔術が技術……」

「ええ……、既述の通りの……観念ですね……」


 サラリと綾花は言ってのける。


「ですから……空間的な矛盾も……解決してしまうんです……。この屋敷のように……」


 ボロ屋に見えた外面と、派手で豪奢な内面と。使用人としての式神を無数に持つ豪邸。


「なるほどな」


 魔法検閲官仮説なわけだ。


「兄さんはその代弁者で?」


 ボイン。ケツメイ。ちょっと理性が破綻しかけてるんだが。これはこれで幸せかも。


「そう相成りますね……」


 晴れやかに綾花は肯定してのけた。


「例えば……五行相剋で火の魔術を……顕現するとしますね……」

「「はあ」」

「あるいはエレメンツで……火を顕現すると……」

「「はあ」」

「カグツチ……。アグニ……。ミカエルにスルトにサラマンダー……。火の神性を借りて炎を顕現するとします……。けれど出現する炎は炎でしかありません……。これは物理的にも……確かな条件でしょう……」

「単なる酸化反応だしな」


 其処は御納得。


「ではそれらの多様な魔術と……ライターやコンロの違いは……?」

「物理法則に則ってるか否か。要するに熱力学を無視しているか否か……か?」

「エクセレント……。その通りです……」

「つまりそれが」


 ここで口にせずとも綾花が言う。


「魔法……というわけです……。物理法則に帰順しない法則……。それただの法則でありながら……法則すらも超える法則……。コレを魔術師は……魔法と呼びます……」

「色々と納得は出来るな」

「そして……この魔法を……現実に適応させる技術を……魔術と呼ぶんです……」

「魔術……か」


 想い起こされるのは二度目の邂逅。火鬼。その顕現。灼熱を纏った使い魔だ。


「アレも魔術か?」

「ええ……照れくさいながら……」


 はにかむ綾花。


「む……」


 アリスが不機嫌になる。その金髪を俺はクシャッと撫でた。


「大丈夫だ。心配しなくても俺はお前の傍に居る」

「兄さん……」


 頬に手を添える。


「愛しています」

「ビコーズ……アイラビュー」

「本当に……兄妹なんですよね……?」

「何度聞くんだ。その質問……」

「だって……その……普通に親近感が……」

「親近だしな」


 というか近親か。


「むしろ……だから有り得ないんですけど……」

「まぁ実妹だしな」

「え~……?」


 綾花の困惑も分からないじゃない。

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