第45話【最高の夏休み】
『じゃ、そういうことだからお留守番よろしく! 火事には気をつけるのよ~』
そう言いたいことだけ伝えると、母さんは一方的に通話を切ってしまった。
「マジかよ……」
俺はリビングのソファーにスマホを放り投げ、代わりにテーブルの上のリモコンをクーラーに向けた。無事に起動したのを見届け、自分の定位置に腰掛ける。
学校でメッセージを受け取った後、俺は事情を確かめるべく直帰した。が、既に家に母さんの姿はなかった。
電話で確認したところ、急に決まった親父の九州出張に付きそうみたいなことを言っていた。向こうが移動中で、あんま要領は得なかったけど。
にしても急だな……。てか、息子を置いてくかね。
「あ、そうだ金」
母さんは、生活費は多めに置いていくから食事等はソレでなんとかするようにと言っていた。言いたいことは色々あるが、先立つものがあるのは良かった。
「あ、これか」
テーブルの上の封筒にはご丁寧に『生活費』の文字。さっそく中身を確認すると、正月ぐらいしか会う機会のない諭吉さんが姿を見せた。それも5人。
「おぉ……」
俺はアルバイトをしたことがない。もっと言えば、中学の頃から部活に明け暮れていて、たまの休みは寝て終わるなんて生活を送っているため、バイトで金を稼ぐこともなければ、遊ぶ金を親にもらうなんてこともなかった。
万札なんか手にするのは正月ぐらいなもんで、それも一年かけて部活後の間食なんかに消えていく。まとめて5万円も手にする機会は今までなかったので、謎の感動がこみ上げくるのを感じた。
「ま、こんだけありゃどうにでもなるわな」
多めに置いていくとは言っていたが、正直5万もあるとは思わなかった。
親父の出張の期間は未定らしいけど、最悪これなら夏休み中一人でも余裕で暮らしていける。どうせ部活しかやることないし、金の使い道なんて食費ぐらいしかない。
金はあるし、夏休みで時間もある。
大学以降の一人暮らしの予行練習だと思えば、むしろ望んでもない展開だ。
「あとは、このことがバカたちにバレなきゃいいんだろ。楽勝じゃん」
冬馬たちは、夏休み中に生徒会の三人を家に連れ込もうもんなら殺すと言っていた。家には親がいると一蹴したが、その問題はまさかのクリア。
疑似一人暮らしが始まったことがバレたら面倒なことになるのは確実だけど、幸い明日から夏休みだ。頻繁に顔を合わせることもないし、普通にしてたらバレようがない。
「ふわああぁぁあ」
安心したからか、一気に眠気が押し寄せてくる。
クーラーも効いてきたし、このまま一眠りしてしまおう。
「起きたら飯食いに行くかー」
時間に縛られることもなく、アホどもに物理的に縛られることもなく、親にアレコレ言われることもない。
「生活費に不安もないし、最高の夏休みじゃねえか」
と、この時の俺はそう思っていた。
────────10日後────────
「え、嘘だろ……?」
封筒の中の諭吉は、残り一人になっていた。
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