二
白のワイシャツの上に真っ青なカーディガンを羽織って、黒と紺のシンプルチェックのズボンをロールアップしている。
お兄ちゃんはだぼっとした格好をよくしているけど、それとは対照的にあの人はしゅっとしている。
しかも、なかなかのイケメンだ。頬にホクロがある。
首をひねっていたら、とうとうその人がぼくの前にしゃがんだ。
限界まで目を細めている。
「人夢くん。久しぶり。まさかこんなところで会うとは」
ぼくは声を聞いてあっと口を開けた。
「え。いま気づいたの」
「だって髪が……」
「ああ、そっか。あれから会ってないもんな。あのあと学校で重役任されちゃって」
髪色が違うだけでこんなにも印象が変わるものなのか。
お兄ちゃんの幼なじみの伊藤さんは、自分の髪をちらっと見たあと、ぼくの周りに目をやった。
「豪は一緒じゃないの?」
「あ……えーと」
少し悩んでから、ぼくはお兄ちゃんの消えたほうを指さした。
「あっちに……」
「悟られたか」
「え?」
「いやいや。……あ、人夢くんも夜のために?」
伊藤さんが、青いシートに視線を落とした。
ぼくは苦笑いで、そうですと頷いた。
「豪が来るってのは聞いてたけど、人夢くんも一緒だとは思わなかったな」
「ぼくもこうなるとは思ってなかったです」
伊藤さんは一瞬、えっという顔をして、それからなにかに気づいたように首を小刻みに動かした。
「人夢くんも大変だ」
「伊藤さんも無理やり場所取りに駆り出されたんですか?」
「いや、うちはもう宴会始まっちゃってる。親戚一同で」
「もうですか? ……あ、親戚ってことは健ちゃんも?」
「うん。有華も美保もいる。なんかさ、こんな昼間から堂々と飲めるのはきょうぐらいしかないってね。……そうそう。健に彼女できたんだって? 携帯の写真、嬉しそうに見せて回ってたよ」
嬉しそうに、という言葉にぼくの顔も綻んだ。
「ぼくのクラスメートなんです」
「へえ。なかなかしっかりしてそうな感じの子だったな」
「そうですね。クラスの副委員長なんで」
伊藤さんの短い返事のあと、会話に穴が空いた。
なにか話題がないかと探していたさなか、伊藤さんに会ったら訊きたいことがあったのを思い出した。
「あのう……一つ訊いてもいいですか?」
「なんだろう」
「伊藤さんがお兄ちゃんの幼なじみで、学校も同じだから訊くんですけど……」
「うん」
「お兄ちゃんって、いま付き合ってる女の人とかいるんですか?」
伊藤さんは目を閉じ、「うーん」と唸っている。明らかに困っている。
「答えにくいならいいんです」
「そうだね。まあ、人夢くんもわかると思うけど、自分のことを他人から喋られるの嫌じゃん。とくにあいつはさ」
「あー……」
そういえばそうだった。
それに、ぼくが余計なことを訊いたせいで、またケンカにでも発展したら悪い。
知りたかったけど、ここはぐっと我慢することにした。
「そういうオンナ関係はなおさら……。自分の兄貴がどんな子と付き合ってるのか、気になるのもわかるんだけど」
「あ、違うんです」
「……違う?」
「お兄ちゃんが、というより、あのお兄ちゃんと付き合える人って、とっても心が広いんだろうなあ、と。伊藤さんが知ってる人だったら、どんな方なのか教えてほしいと思っただけなんです」
すみません。
最後にそう謝ろうとしたら、伊藤さんがくすっともらした。
「それを言うなら人夢くんもでしょ」
「え?」
「あいつの弟をやれてるなんてものすごいパワーを持ってるなあ、と」
「……」
「美保とさ、そういう話になったことがあって」
ぼくは目を丸くした。
自分の知らないところで、しかも、あの美保さんと伊藤さんに話題にされていたなんて……。恐れ多いというか。もったいないというか。
ぼくはぽりぽりと頭を掻いた。
「そんな、ものすごいパワーなんて……」
「またまた。ご謙遜を」
「そ、それに。お兄ちゃんはまだ本領を発揮していないのかもしれないですよ。伊藤さんたちが知ってるお兄ちゃんと、ぼくの見えるお兄ちゃんは違うのかも」
どこかに遠慮が残っていて、あれでも大人しいほうなのかもしれない。
……けど、いまのお兄ちゃん以上のお兄ちゃんは想像したくない。意地悪なのはもちろん、優しすぎるのもあれだ。
だから、ぼくの見える「篠原豪」は、いまぐらいでちょうどいいのかもしれない。
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