二
ノートパソコンの脇にバインダーがいくつか重なって無操作に置いてある。その上に、一枚の写真が乗っかってあった。
なにげに見て、ぼくはあっと声を上げた。
その写真には大人の男の人が二人と、小学生くらいの子どもともう少し小さい子が写っている。
ぼくは掃除機を納戸に戻して、自分の部屋へ駆け込んだ。クローゼット代わりにしている押し入れを開け、下段の本棚からアルバムを何冊か引っ張り出した。
たしかあそこにあったはず。……いや、どこだったかな。と、こぼしながら何冊か目を通して、六冊目でようやく見つけた。
それをアルバムから剥がしてじっと見入る。
大人の男の人はお父さん。と、いまよりちょっと幼いときの次郎さん。坊主頭で目つきのきつい男の子と、その子より頭一つ分小さくて髪が長く、一見女の子にも見える男の子。髪の長い子は涙を拭うような仕草をしている。
大きな水槽をバックに大人はしゃがんで、その両脇に子どもたちが立っている。
「あのでっけえ魚みたいに──」
目を輝かせて水槽を仰ぐ姿を、ぼくは横から見上げていた。
いま、はっきりと思い出した。
まだ小学校へ上がる前、お父さんと二人きりで水族館へ行ったことがあった。どうしてお母さんが行けなくなったのかは……覚えていない。
館内を一回りしたところで、大きな水槽のあるエントランスにぼくたちは戻った。そこへ、お父さんに声をかけてくる男の人がいた。次郎さんだった。
楽しげに会話を始めたお父さんと次郎さんを見上げ、ふとぼくは、同じ目線のところに男の子がいるのを見つけた。
坊主頭の子。次郎さんはその子の頭を撫で、ぼくへ挨拶するように言った。けどあの子は、つんとしていてなにも言わなかった。だからぼくもなにも返さず、お父さんの後ろへ隠れた。
エントランスにある休憩のためのソファーへ座り、お父さんたちは真剣な話を始めた。ぼくはつまらなかったから、お父さんに言って、一人であの水槽を見ることにした。そのとなりにあの子が立った。
並んで、ひとしきり眺めたあと、あの子が見たいのがあると言って、ぼくの手を掴んで走りだした。お父さんに断らなきゃとぼくは思ったんだけど、まあいいかと軽くも考えて、あの子と一緒に行くことにした。
だけど、ずんずん進んでいくあの子にいつしか追いつけなくなって、ぼくは結果的に迷子になってしまった。
そのお陰で、楽しみにしていたイルカショーは観れなくなった。
子どもだけで歩き回ったことをお父さんに咎められ、自分のせいじゃないと言おうとしたんだけど、申し訳なさそうにぼくを見下ろす次郎さんの後ろで、あの子が睨んでいたんだ。
──その目。
ぼくはあの目をよく知っている。そう思ったとき、後ろから出てきた手に写真を奪われた。
「お前、人のもん勝手に持ち出すなよ」
もちろんお兄ちゃんだった。
ぼくから取り上げた写真を見やって、こっちへぐいと顔を向ける。
ぼくは立ち上がり、あの目に反抗するように眼力を強くした。
「ていうか、部屋に入るときはノックしてよ」
「開いてたんだっつうの」
ドアをさすぼくの指へ被せるようにお兄ちゃんは腕を伸ばす。
ぼくはお兄ちゃんが油断している隙に写真を取り返した。それをアルバムに貼り直す。
「言っとくけど、これはぼくのものだから。ほら」
ここにあったやつと、指をアルバムに押しつける。
「は?」
「それよか、なんでもう帰ってきたの」
「……大した用じゃねえから」
「だったら、ぼくに掃除頼む必要なかったじゃん」
お兄ちゃんはようやく気づいたようで、あっと声を上げて眉を動かした。ぼくの部屋から出て行く。どかどかという派手な足音が階段を上っていく。
アルバムを押入れに戻して、ぼくは二階へ向かった。
お兄ちゃんの部屋のドアは開けっ放しだった。中を覗けば、机に両手をついて茫然となっている背中があった。
頭を屈めて写真に見入っている。
ぼくは入りますと断ってから、お兄ちゃんの背後へ近づいた。大きな体の後ろから机の上を見る。
お兄ちゃんが気づいて、ちらっと視線をよこした。
「いつになったら思い出すんだって次郎に言われてさ」
「うん」
「なんの話かわかんなくてシカトしてたら、こないだこの写真渡されて。宿題だと」
お兄ちゃんは机から離れてどかっとベッドに腰を下ろした。
「宿題?」
「あの人……お前の親父さんだったんだな」
「……うん」
ぼくは写真を取り、お父さんを指さす。
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