第5話 頭が痛い……



 ――乙女ゲームの全体的なシナリオの記憶が断片的にあるくらいで、時系列が分からないというか……。


 なので悪役令嬢ヴィヴィアンに生まれ変わってしまった身としては、ヒロインという最大最悪の地雷源を回避するためにも、王立学園という舞台から完全に降りてしまうのが一番いいと判断したのである。



「ああ、成る程、分かりました。そういうことなら、少なくとも僕の方がまだ詳しいってことみたいです。前世の妹が初めて出会う場面がお気に入りだったらしくて、繰り返し聞かされましたから。だから今回、すぐに気づけたんですけど」


「そうだったんですの」


「はい。あの時は鬱陶しく感じたものですが、今となってはちゃんと相手をしてあげればよかったと思ってしまいますけどね」


「それは……わたくしも一緒ですわ。友人の話を、興味が無いからと聞き流していたのですから」


「まさかこんな事態が現実に起こるなんて、ね」


「ええ。誰にも想像できないことです。 まさに事実は小説より奇なりといったところでしょうか……仕方がないですわ」


「そうですね。分かっては、いるんですけど……」


 そう言って、少し切なげに目を伏せた。


 ……後悔していらっしゃるのですね。


 思い出したばかりですと、前世でのご家族の記憶はつい昨日のことのように感じ取れてしまうはず。


 わたくしがそうだったように、フレデリック様にとってもその記憶はとても大切なものなのでしょうから……。




「でも、思いがけずこの世界に転生して、あの頃の記憶を役立てることが出来る訳ですし。大切に使わせていただきましょう?」


 この未来が予想できたならもっと真剣に聞いておいたのに、と思わないこともないけれど……。


「うん、そうですね……ここは、現実だ」


「はい。逃げきれなかった場合、わたくしには過酷な結末が待ち構えていますからっ。現実逃避することは許されておりませんの!」


「う、うん、分かった。ヴィヴィアン嬢が破滅しないように、僕も協力しますから」


「ええ。是非、お願い致しますわ!」




「じゃあ早速、僕の推察を話そうと思う。……多分だけど、ヒロインちゃんも日本からの転生者なんじゃないかな、と考えてます」


「は? そ、そんな……よりにもよってヒロインさんが?」


「はい。まだはっきりと確かめたわけじゃないけど、その可能性が高いかと……」



 ――嘘でしょう!?



 では三人目の転生者と言うことですの!? 


 そしてその三人共が、この世界の元となる乙女ゲームの知識があると……そういうことですの?


「……異世界転生って、そんなお手軽にホイホイと出来るものなのでしょうか?」


「いやぁ、それは僕にも分からないけど。でも、そう考えると辻褄が合うといいますか……」


「まあ、何てこと…… 」



 ――頭が痛くなってきましたわ。







 乙女ゲームのシナリオが変わってきているのは、ヒロインが転生者だからではないか……。



 確かに、フレデリック様のルートで出会いイベントが起こるまでの間、彼女の存在を全く知らないという設定だったのが狂ってきているのだから、そう考えるのが自然なのだろう……信じたくはないが。




「ヒロインさんのその後の動向も含めて、とっても気になって仕方がないですけれど……。今はいい加減、ここから移動しませんこと?」


 何時までもこの場所で立ち話をしているわけにも参りませんし。


 入学式直後の教室での初顔合わせをすっぽかしただけでも、随分と悪目立ちしてしまったでしょうから。


「あ、そうですね。そう言えばここは校門前でしたか」


「ええ。早く移動しましょう?」


「はい」


 今から教室に戻るのも何なので、とりあえずは寮の方へと向かうことにした。




 ――歩きながら今後の方針を話す。


「詳しくはまた後日。それぞれが覚えている乙女ゲームの情報を持ち寄って、交換する場を設けるということでいいですか?」


「ええ、概ねは」


「概ね……? 他に何か問題ありましたっけ?」


「フレデリック様、 お気づきではありませんか? 表面上だけ見つめました場合、これは由々しき事態ですわよ」


「え、なに? 何のことです?」


 どうやら本気で分からないらしい。




 疑問符だらけの彼に、わたくしの懸念を話す。


「ですから、第三者から客観的に見たわたくし達の状況のことです。事実だけ見ると、わたくしを追って貴方がこの学園に入学したという風に、受け取られかねないではありませんか?」


「あぁっ……それは気づかなかった! え、ちょっと待って、それってまずいよね!?」


「ちょっとどころではありませんっ。今頃、きっとそれぞれの婚約者にも情報が行っているのでは?」


「ううっ、そんな……どうしよう。リリーに誤解されちゃうよ」


「その上、こうした目立つ場所でわたくしを捕まえて長々とお話なさるなんて、疑ってくれと言っているものでは? ヒロインさんとどうこうなる前に、身の潔白が危うくなってしまいましたわ……。この始末、どうなさるおつもりですの」


「いやぁ、まいったなぁ。リリーは信じてくれるかな……くれるよね? ね!?」


「知りませんっ」


 ――この方、今、リリアンヌの事しか考えていらっしゃいませんわねっ。





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