晨風

 砂利の匂いが、庄太の鼻をついた。

 目を覚ますと、そこは緑道の入り口であった。夜闇が空を覆っているが、庄太の頭上では電灯が煌々こうこうと照っている。

「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」

 少年の一人に頬を叩かれて、庄太は跳ね起きた。

 その少年は、庄太に事の顛末を聞かせた。

 いつの間にか庄太とはぐれた結衣が、不安顔をしながら一人で戻ってきた。結衣は突如庄太が何処かへ消えてしまったことを告げ、それを聞いた肝試しの参加者たちは総出で庄太を探したが、何処を探してもその姿は見当たらない。叱られるのを覚悟で駐在所に連絡を入れようとした所で、緑道の入り口で倒れている庄太を見つけたのだという。

「何があったんだ? 教えてくれ」

 少年の問いかけを聞いて、庄太の脳内では、あの時見たものが、再びありありと思い出された。

「き、聞いてくれ……本当に幽霊が……見たんだよ!」

 話さずにはいられなかった。とにかく、誰かにこのことを話してしまいたかった。

 それを聞いた少年たちは、どっと笑い出した。結衣もそれに同調してか、くすくすと笑い始めた。

「まさかぁ、何かの見間違えっしょ」

「いや、そんなはずは……」

 先程までの恐怖は、気恥ずかしさに上塗りされた。愧赧きたんの念から、庄太の青ざめた顔には朱がさし始めた。

 

 次の日、庄太は部屋で寝転がってスマートフォンを弄っていた。

「あれ、結局何だったんだろうな……」

 いざ笑い飛ばされると、あの時見た良は、やはり見間違いなのではないか、という気がしてくる。草木皆兵そうもくかいへいとか、幽霊の正体見たり枯れ尾花というではないか。そう思うことで、庄太は無理矢理自身を納得させた。

 寝転がっている庄太の耳に、玄関の扉が閉まる音と、どたどたと階段を駆け上がってくる音が立て続けに聞こえた。

 庄太の部屋に入ってきたのは、祖母であった。老齢だというのに、その健脚ぶりは流石のものである。

「ん? どうした」

「袖嶋さんちの子が……」

 祖母が神妙な面持ちで語ったのは、袖嶋結衣の訃報であった。聞く所によれば、彼女は両親に連れられて国道沿いのファミリーレストランに行った際、突然走り出して川に飛び込み、頭を打って亡くなってしまったのだという。

 それを聞いて、庄太は再び恐怖に顔を青ざめさせた。それと同時に、どうやら自分が身震いしているらしいことにも気がついた。昨夜に見た、あの恐ろしいものと関係があるのではないか。そう思えてならなかったのである。

 その後、庄太はこっそり、近所の神社へと足を運んだ。何か、悪いものが憑いているのかも知れない、という考えが、庄太の頭から離れない。故に、祓ってもらえないかと思案したのである。

 鎮守の森の木々が、風に揺られて枝葉を擦れさせている。

 その鳥居をくぐろうとした、まさにその時であった。

「待たれよ」

 やけに甲高い、子どもの声が後方から聞こえた。年幼い声に聞こえるが、その声色には何処か年輪を感じさせるものがある。

 後ろを振り向くと、そこには、この辺では見たことのない少年が立っていた。秀麗な目鼻立ちに雪の如くに白い肌、艶のある前髪を横一文字に切り揃えたその姿は、良と比べても決して見劣りはしないであろう麗しい容貌であった。身に纏った藍色の漢服も、その艶やかさをより引き立てている。尤も、庄太はそれが漢服と呼ばれるものであることを知らず、何かの民族衣装としか思わなかったのであるが。

其方そなた、悪霊に憑かれておるな」 

「貴方は……?」

「我が名は晨風しんふうという」

「シンフウ……?」

「こう書く」

 そう言って、少年は懐から木の札を取り出した。そこには「晨風」と書かれている。やはり、知らない名前だ。この辺の子どもではない。それどころか、何か、只者ただものではなさそうな雰囲気さえ感じさせる。

「はっきり言わせてもらうが、其方の命はあと二日といった所だ」

「……!」

 それを聞いた庄太は、いきなり心臓を鷲掴まれたように感じた。そのようなことを言われて、驚くなという方が無理があろうものである。

「其方に憑いたものは、すでに小娘一人の命を奪っておる」

 小娘、というのは、もしや、袖嶋結衣のことであろうか。庄太はそうとしか思えないでいた。

「あれは将来、其方の子を産むはずであった女子おなごだ。だが、その道は潰えた。それで終わりではない。そやつが本当に狙っているのは其方の命ぞ」

「じゃあ……じゃあ俺はどうすればいいんだ!?」

「助かる道が、一つだけある」

 路傍に生える雌待宵草めまつよいぐさが、風に吹かれてその黄色の花を揺らした。

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