謀事

一日が終わり、僕はトイレの鏡を覗いた。

奇跡的にかすり傷を負った程度に見える顔にほっとして、学校を出た。


影子さんの部屋のあるアパートに着いて、キールームで呼び出しをかけた。

「おかえり!」

元気な声がキールーム内に響いて息を吐いた。

よし、絶対にバレないようにしよう。

心配をかけないってこないだ決めたから誕生会だって一日耐えきったじゃないか。

踏ん張るんだ、僕。


僕が玄関のかぎを開けると、中から扉が開けられた。

「あ……ただいま。出かけるの?」

「……おかえり。麦茶冷えてるから着替えてリビングに来て。」

影子さんは僕の顔を見ていつも通りの笑顔に戻った。

一瞬目を細めたように見えたけど……気のせいかな。


制服を着替えようとズボンに手を掛けるとずきずきっと知りに痛みが走る。

そうだった……椅子もやられてたんだ……。

無理くりズボンを脱ぐと制服が真っ赤に染まりあがっていた。

僕、このままバスに乗ってきたんだよね。……救急車を呼ばれなかったことが奇跡かもしれない。


「はやくおいで~!」

影子さんの声に我に返った僕は慌ててラフな格好に着替えて部屋を出た。

すると影子さんは珍しくリビングの長いソファに腰を掛けていた。

正面に回るとその手には救急箱が握られていた。

影子さんは横に座るように手で合図した。

恐る恐るソファに腰かけると、影子さんは黙って僕の顔を見つめた。


「あ……と、転んじゃったんです、あはは……。」

「通学路に山なんてあった?」

ウッ、影子さんが鋭い……!!思わず俯くと頬に冷たさとずきずきが襲い掛かった。

「いった……!」

「ほら、沁みたぁ~。ほら!ほぉら!!」

「ひぃった?!ちょ、やめっ!!」

影子さんは僕の反応を楽しむように、消毒液の付いた綿をツンツン傷にあてつけた。

しばらくツンツンされると、すぐに傷に絆創膏をペタペタと張り付けた。


「で?悠一君にやられた?」

「ッ……他にも……。」

「そう……。」

影子さんはそう言って少し黙ってしまった。

気まずい……、これだから嫌だったんだ。

家族にすらこんな姿見せたくなかったのに、誘拐してきた人に見せるなんて。


返す言葉が見つからずに沈黙が流れると、それを破ったのは影子さんからだった。

「ごめんね、私が軽率だったわ。」

「え?」

「あのね……最近アレルギーに関するもめごとってとっても多いから、学校の先生に問い合わせてたの。ケーキなんて最後のサプライズで出されると盛り上がるけど、食べられないって悲しいでしょ?」


「確かに……。」

そう言う事だったのか。

僕は影子さんの情報収集力に冷えあがっていたところだったから、何事もない方法で心底ほっとした。

これなら明日説明できる!……聞き入れられるかどうかは別だろうけど。


その日、僕は影子さんが作ってくれたチョコカップケーキをおやつに宿題を終わらせて眠りについた。

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