第8話 学園祭と月夜の後夜祭Ⅲ -禁忌の扉と理性-

 母の姿を追いかけ、禁忌に触れ続けたいつのは、ついにいつきと両想いになることができた。それが、禁忌の扉を開けるキッカケになるとも知らず……

 いつのは、隣に寄り添ういつきの体温を、制服の布地越しに、身近に感じていた。それまで、禁忌として自ら避けることも多かったが、いつきは別格だった。


『いつきの匂いがこんなに近くに……』


 いつのの群れの中にも、人と添い遂げる個体もいたが、その理由が分かった気がした。いつのの心の中には、今までの長としての気を張ることがなく、いつきの前では、一匹のメスになってしまっていた……

 そして、いつのたちのいる屋上にも、後夜祭のメインディッシュの、キャップファイヤーのアナウンスが入る。


“後夜祭のメインディッシュ。キャンプファイヤーが始まります”


 そのアナウンスを聞いたいつのは、いつきより一足先に立ち上がると、手を差し出し、いつきを誘導する。

 群れの長でもあるいつのは、せめてここくらいは長として、勤めていることをいつきにも認めてほしいと思っていた。


「ほら、行こう。いつきくん。」

「うん。おっと……」

「あぶなっ……」


 急に立ち上がったいつきは、ふらふらと足元がおぼつかなくなってしまい、いつのに倒れこむ。バランスを保とうと手を突くが……


むにゅ。


「あっ。」

「なっ?!」


 体を支えることはできた。それも、とても柔らかなクッションで……

 付き合い始めたとはいえ、いきなり胸を触ってしまったいつきは、慌てて離す。


「ご、ごめん。いつのさん……」

「…………」


 胸を押さえ、いつきに触られたことを、改めて確かめるいつの。


『い、いつきくんに、さわられた?!』


 怒るとかそういうことではなかったが、異性に触れられたことすら初めてのいつのは、どんな顔をしていいのかわからなくなっていた。

 それを、怒ったと思ったいつきは、申し訳なさそうに、いつのの顔をうかがう。


「ごめん……」

「あっ、い、いや。いいんだ……」

「そ、そう?」

『何がいいんだ?! 私は……』


 何気ない自分の返事にすら、敏感に反応してしまういつの。頭の中では、いろいろと考えが巡ってしまっていた。


『いや、触れられたうれしいっていうことなのか?! いや、うれしいけど……』

『わ、私の胸を、いつきくんがさ、さわったのよね……ううっ。恥ずかしい!』


 悶々と堂々巡りをしてしまういつのの頬は高揚し、熱っぽい顔になってしまう、そのいつのの姿をいつきは何の気なしの行動をとる。それが、さらにいつのを興奮させることにつながってしまった……


「大丈夫? いつのさん……」

「えっ?」


ぴとっ。


 いつきのひんやりとした手。男の大きな手は、熱っぽいいつののおでこにあてがわれ、ひんやりとした体温が伝わる。


「あ、あの。いつきくん?」

「熱でもあるんじゃ……」


 何の気なしの行為だったが、それがかえっていつのの乙女の部分が反応してしまっていた。


『いつきくんが、触れてくるからだよ。って言えないよ!!』


 ゆっくりと、深呼吸して心を落ち着けると、いつのはいつものようにふるまうようにする。


「ほ、ほら。行こう。いつきくん。私は大丈夫だから……ね。」

「う、うん。いつのさんがそういうのなら……」


 二人はグラウンドで行われているキャンプファイヤーに向かうと、すでに何組かのカップルが音楽に合わせてダンスを踊っていた。

 そんなカップルの中に、自分たちが入るものだと思うと、いつのも感慨深くなる。そして、ふと思い返す……


『お母さんも、こんな気分だったのかな?』


 いつのの鼓動は早まり、いつきの手を引き、参加することが楽しくて仕方がなかった。それが、恋愛の始まりでもあったが、いつきへの思いもうなぎのぼりだった……

 それは、いつきも同様で、自分の手を引くいつのの姿は、いつにもまして輝いて見える。


『いつのさん。綺麗。それに、楽しそう……』


 キャンプファイヤーの光と月明かりが、いつのの銀色の髪が光り輝いていた。

 キャンプファイヤーで流れる音楽のリズムに乗せ、いつきといつのは踊る。それは、いつきたちの周りだけ、別の時間が流れているような気分にすらなっていた。その姿は、いつののおつきの、やよいやさゆりも見ていた。


『いつの様。輝いていますよ。幸せなのですね。』

『綺麗。いつの様……』


 キャンプファイヤーの音楽に合わせ、舞い踊るようないつのの姿に、いつきも見惚れるほどだった。


『何かしら、とても充実したこの気持ち……』

『いつきくんが見てる……』


 自分の舞い踊る姿を、意中のいつきが見ているだけで、いつのの心は高揚し、キュンと胸が締め付けられていた。


『これが、お母さんも経験した“恋”なのね。』

『なんて、幸せなの……』


 いつのは、群れの長として、士気を高めるために群れの前で舞を踊ることはあった。今は、特定の人。いつきに向けて舞を披露している。その特別な気持ちは、ふわふわとした気持ちになるいつの。


「あっ!!」

「あぶない!!」


 ふわふわとしたいつのの舞は、浮かれてしまっていたということもあり、足元がおろそかになっていた。

 態勢を崩し、地面が迫るいつのは、妖力を使おうとすら思う。しかし、この生徒たちでごった返した状況で、莫大な妖力を使ってしまっては、他の生徒に迷惑が掛かってしまう。


『私のケガで済むのなら、使わない方が……』


 いつのは、軽いけがくらいならと、妖力を使うのをあきらめる。しかし、いつのはケガをすることはなかった……


『あれ? 痛くない?』


 転んでケガをしたものだと思っていたいつのは、とてもあたたかな匂いに包まれていた……ゆっくりと目を開けると、そこには……


「えっ?! いつきくん?!」

「はぁ、はぁ。間に合った……」

「えっ。ええっ?!」


 いつのの体は、いつきの体で受け止められて抱かれる形になっていた。触れるとわかる、男らしい骨格といつきの匂い。

 ドクン、ドクンといつのの鼓動は高鳴り、心配する周囲の喧騒が全く耳に入らないほど、いつきのことを好きになってしまっていた。


「あ、ありがとう。いつきくん。」

「い、いえ。大丈夫です。」


 いつきに支えられ、立ち上がるとやよいはもちろんのこと、さゆりやほかの生徒も、安堵したような表情をしていた。


「皆さん、すみません。心配をかけてしまって。」


 いつのは、精いっぱい居合わせた生徒に謝る。すると、生徒からは安堵のの声が飛び交った。

 そんないつのの姿に、弥生は気が付いてしまった。いつのの元に行った弥生は、いつのに耳打ちをする。


『あなた、他の生徒のために、自分を犠牲に……』

『!!!!』

『やっぱり。いつの様。あなたはやっぱり、お母さまと同じですね。』

『えっ?! やよい。それは……』


 いつのの問いかけに、はぐらかしてしまうやよいは、その場を去ってしまった。やよいの言葉が気になっていたいつのだったが、いつきと一緒に後夜祭を最後まで、見届けてからでも遅くはないと思っていた。

 そして、後夜祭は無事に終了し、学校に泊まる生徒のひとりだったいつきは、屋上へと移動する。いつのは、天文部の片付けを他の生徒に任せると、いつきの元を訪れる。

 屋上でいつのを待ついつきは、心地よい風も相まって、うっすら眠りに落ちていた。


『あ、いつのさんが来たのかな?』


 うっすらと目を開けると、月明かりに照らされ、さらに神々しくいつのの髪は光り輝いていた。それと同時に、目は赤く立派な狐の耳と尻尾が月明かりに照らされていた。


「いつのさん。」

「なに? いつきくん。」

「耳・尻尾。出てますよ?」

「えっ? あぁ、いいのよ。ここには二人しかいないからね。」

「そうなんですか。でもいいんですか? ほかの子に見られたら……」


 いつきは、うとうととしながらも、いつのの心配をする。いつのは、学校でも有名人。そんな人が妖狐なんて、バレてしまってはいろいろと厄介なことになりかねない。

 一方で、いつのはいつきが心配してくれたことで、より胸がキュンと締め付けられ、女性の大切な部分が震えていた。


『お、お母さん。これが、人との恋なのですね。』


 身近に意中の相手がいるいつの。ゆっくりといつきの元へと体をかがめる。近づけば近づくほどに、いつのの体は、いつきを求めてしまっていた。


「ね、ねぇ。いつき」

「ん? あっ。今。」

「えっ?」

「呼び捨て。」

「なっ。も、もう。いつきったら……」


 互いの息がかかるほどの距離まで近づいたいつのは、もう止めることができなかった。


ちゅっ。


 それは、軽い口づけ。

 その口づけが、いつのの理性の鍵を一つ外すことになった。


「いつき。すき。ちゅっ。」


 甘く、そして、とても長く濃厚なキスは、快楽となりいつのの体を駆け抜ける。力が抜けそうになるいつのは、自然と体をいつきに預ける。

 その間も、濃厚な口づけは続き。酔ってしまいそうなほどに、いつのの体を熱くさせる。


『あぁ。私のメスの部分が、いつきを求めてる……』

『溶けてしまいそう……』


 腕をいつきの体に絡めて座る形になるいつの。抑えていたはずのいつのの妖力は駄々洩れになり、立派な狐の耳と尻尾があらわになっていた。


んちゅ。


 濃厚で濃密なキスは、互いの体の境目がわからなくなるほどに続いた……


「はぁ、はぁ。」

「はぁ。ん。いつのさん。待って……」

「むりだよ……。止まらない……」

「ま……んっ」


 息が上がるほどの濃厚なキスは、しばらく続き、うっとりとした表情になったいつのは、越えてはいけないギリギリのせめぎ合いをしていたことで、何とか抑えていた。


『ダメよ! 私! これ以上は、卒業してから……』


 自分の中から沸き起こる、獣としてオスを求める欲望に、いつのは負けそうになっていた。


「はぁ、はぁ。はぁ。」

「はぁ、はぁ。い、いつのさん……」

「ご、ごめんね。襲っちゃって……」

「いえ、だ、大丈夫ですよ。」


 妖狐の口づけには、相手のオスをその気にさせる媚薬が含まれている。それは、相手をその気にさせるために使われるが、その媚薬はメスの感情に左右される。その証拠に、いつきもギリギリのところで耐えていた。


『い、いつのさん……あんな艶っぽい顔……』


 妖狐の能力が駄々洩れになるほどに、濃厚な口づけ。さすがにヘトヘトになったいつのは、妖狐のままいつきの隣に座る。

 いつきの膝の上に頭を乗せたいつのは、くすっと笑みがこぼれる。


「ごめんね、あんなキスをしたのに……あっ。ふふっ。」

「えっ?」


 いつのは、いたずらに頭を動かす。


「んおっ。」

「これは何かしら? いつきくん?」

「こ、これは……んおっ、い、いつのさん、頭を動かさないでください……」

「ふふっ、いつきくんも男の子なのね。まぁ、いたずらに唇を奪っちゃった、私も悪いんだけど……」


 いつきといつのの間に、カップルの最初の絆が結ばれたのだった……

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