十二、恐れ

「……ッ」


 焼けた剣を素手で叩き落とし、カサンドラの表情がわずかに歪む。……その隙だけで良い。

 魔力が全身を駆けめぐり、鎧のように俺の肉体を覆う。


「……元素の振り分けすらできないくせをして、使い方だけは一丁前よの」

「戦には慣れてるんでなァ」

「なるほど、勘だけは無駄に鋭いと見える」


 苦々しく吐き捨て、カサンドラは一歩後ずさる。……間違いない、警戒している。

 とち狂った女だと思ったが、案外そうでもなさそうで助かった。……頭のおかしい奴と戦うのは、気力がごっそり持っていかれるからな。


「……防御されれば仕方あるまい」


 再びフードの下から、女の目が怪しく光る。

 一言二言念仏のように呟けば、四方八方に火柱が立ち上る。

 煙と火の粉が舞い踊り、熱気が肌をジリジリと焼き始める。身にまとった「魔力の壁」で防御しているが、なかなかに火力が強い。


「さて……昨夜のネズミを覚えておるか」


 炎の渦巻く中、おもむろにカサンドラは語り始めた。


「あれはロレンソの魔術で動かし、私の魔術を詰めた死骸よ」

「……へぇ、火を噴いたのはそういう仕掛けか」

「あの術は人間に使うと、見てくれが悪い……だが、もっとも容易く人を殺められる」


 カサンドラの青白い指先が、俺の喉を指し示す。


「ロレンソの身体に使おうと思っていたが……仕方ない。もういくらか『吸い込んだ』であろう?」


 紅を引いた口元が、不敵に持ち上げられた。

 そのまま、また、あの念仏……呪文? を呟き始める。


「戦に出たのは何度目だ?」

「……なに?」


 ……が、全て唱える前に、俺の言葉に反応を返した。


「どうも、戦い慣れてるとは思えなくてな」

「ほう、この期に及んで私を挑発するか」


 カサンドラは余裕ぶって笑っているが、攻撃を再開しない。

 戦いは生きるか、死ぬかだ。御託を並べてないで、とっとと止めを刺せばいい。

 ……それをしないってことは、それなりの理由わけがあると見た。


「怖いか?」

「……何と、言った」

「殺すのが、怖いか?」


 燃え上がる炎が、余計に静寂を伝えてくる。

 戦場に要るのは殺される覚悟だけじゃない。……殺す覚悟がなければ、戦う前から負けているのと同じだ。


「黙れッ、その程度で私を見抜いたつもりか!」

「なら勿体ぶらずやってみろ。俺を焼き尽くし、殿下のことも同じようにすりゃいい」

「……! そ、それは……」


 わざわざ小道具を使って暗殺を狙ったのは、「見たくなかった」からだろう。

 フードを目深に被っているのも、おそらく、同じ理由だ。


 宗盛むねもりの兄上も、似たような性格だった。

 世の中、たとえ戦場であろうとも、平気で人を殺せる奴らばかりじゃない。


「続けるか?」

「な……私を馬鹿にしているのか!」

「続ければ、あんたは死ぬぞ」

「それならば殺せば良い! 死に恐れなどないわ!」


 宮廷魔術師……と、いうことは、おそらく魔術騎士に術を教える立場だろう。わざわざ前線に出てきた理由も……まあ、何となく察しはつく。

 哀れに思わないこともないが、仕方はない。戦になった以上、殺されないためには、殺すしかない。

 剣を構える。一気に炎の中を突っ切って、首をはねればそれで終いだ。

 ……その時だった。


「……やめろ」


 ばちりと音を立て、目の前に火花が散る。

 地面がえぐれ、焼け焦げているのが目に映った。


「……もういい、カサンドラ。きみに子供は殺せやしないし……殺させたくもない。へまをしたおれが悪かったんだ」


 積荷に置かれた生首が、玉虫色の瞳をこちらに向けていた。

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