#29
あまりの恥ずかしさと告白した時の真意を問われかけて、逃げ出してしまった
リゼリーはとても後悔していた。
花の盛りをとうに過ぎて葉だけになっている東側の区画で一人、先程までの熱が
引いて頭が冷静になっていく度に『逃げたのはよくない』と自責の念に囚われる。
クラウスは正直に『会えなくて寂しい』とも『触れたい』とも言ってくれたし
自分だって彼の傍にいたいと思っているのは事実だ。
それなのに羞恥が先立ってしまい、言葉は詰まるしうまく言いたいことも表現
できなくて逃げ出したい衝動が強くなってしまう。
王妃とクラウスが口論しそうな時に止める一心で出てしまった『好き』だって、
決して王妃にそそのかされたからとか、気を反らす為の方便で使ったわけではない。
―――…あれは、私の本心。
ルーナ王国の秘密の庭園に隠され続けて他の男性を知らないから、一番初めに受けた
印象が強すぎてただ夢心地なだけなのだと言われてしまえばそうかもしれない。
それでもこの心が動いて示すのはクラウスだけで。
ひと時の安息に浸って『もう十分だ』と、約束はしたけれど彼の訪れが無くても
自分はきっと平気でいられると四年前のあの日は思っていた。
もちろん、本当に来てくれたなら…その時は隠していたことを話すつもりではいた。
いたけれど…話したところで現実は変わらないとも思っていた。
静寂の日。いつもの時間に迎えが来なかったのはアニエスが司祭や両親を必死に
なって止めてくれていたからだとすぐにわかった。
クラウスが来れなかったのは東と南で戦争が起こったと妹から話を聞いていたから
知っていたし、逆に良かったと安心する自分がいた。
最期に会えないのは寂しいと思ったけれど、自分の務めを迷いなく全うできる。
そうして庭園の扉が開いた音がして――
『リゼ…っ!』
しないはずの、声がした。
振り返ればクラウスがいて、庭園から出ようと言う。
信じられなかった。あの日、自分が旅立つことは彼は知らないはずだから。
最後の最期で月が見せてくれた幸せな幻だと…『クラウスに会いたい』と心のどこか
で願ってしまった結果の夢なのだと。
だけど彼に手を握られて、その感触が現実であることを思い知らせた。
そしてこの務めからは逃げられないと、生きる意味を失ってしまうと漏らした自分の
本音にクラウスは応えてくれた。
『国の為ではなく、俺の為に生きてくれないか。君に生きる自信が無いと言うのなら
、俺が君の生きる理由になる。』
それは彼にとって、どれだけ大きな決断だっただろう。
生かす為とはいえ、ただでさえ将来は国というこの両手に収まりきらないものを
背負って立つというのにリゼリーという面倒まで引き受けて、支えていかなければ
ならないのだ。
冷静にあの日のことを考えられる今だから改めてわかる、クラウスの覚悟。
こうして決まった死へと逃げ続けて、生きる道への努力をしようと考えなかった
自分が急に恥ずかしく思えた。
そして望んでもいいのだと。
すぐ目の前に差し出された手に自分の手を少しでも伸ばせばいいだけなんだと。
置いてきてしまった両親やアニエス、民のことは今でも気になっているし心配な
気持ちもある。
静寂の日の儀式が執り行えなかったということはそのまま、ルーナ王国の約束された
安寧が続かないということ。
自分たちの力で、自分たちの足で立って歩かなくてはならない。
「どうしているのかな…みんな…。」
自分のことだけでいっぱいいっぱいになっている場合ではないのに、ここにいると
母国よりもクラウスのことばかり考えてしまう。
生きたいと決めて母国を抜け出し、その後の未来は不安でわからないから他人に
押し付けてばかりで自分はこうして惹かれた相手に心躍らせている…なんて自分勝手
なんだろう。
グランウッドにいても自分に出来ることはあるはずなのに。
リゼリーがしょんぼりと肩を落としているその背後から、明るい声が聞こえてきた。
「よーう!そこにいるのは~…えっと、リゼリーちゃん…だよな?」
「え。あ、はい。」
悩んでいたことを頭の隅に置いておいて、くるりと振り向けばクラウスと一緒に
よく行動していたジャックの姿があった。
後に聞いた話でクラウスが自分を迎えに来た時もいたらしい。
人の好い、眩しいくらいの笑顔がとても素敵だと思える親切な人。
「なんで一人なんだ?しかもこっちは花の盛りが終わってるだろ。」
「あ…えっと…あのね…」
リゼリーがたどたどしくも事情を説明すると、ジャックは納得したように相槌を
打ちながら短く唸った。
そして呆れたように、やれやれと首を横に緩く振って口を開く。
「しょーもない主人だよなあ、本当に。リゼリーちゃんに言わせといて自分は本音を
言わないなんてずるいだろ。」
「えっと…?で、でも、クラウスはちゃんと寂しかったって言ってくれたよ…?」
「あーちがうちがう。そっちじゃない。あいつはリゼリーちゃんの『好き』って
発言に疑問を抱いてんだろ?」
「う…うん…多分。私が中途半端な言い方しちゃったのがいけないの。」
「まあ…王妃様に迫られてからの親子の口論じゃあな…。でもよ、それを抜きとして
考えても、リゼリーちゃんの本音は変わらないんだろ?」
確認するように聞かれて、リゼリーは迷わずこくりと頷いた。
「クラウスだってわざわざ面倒な自分の親父に掛け合ってまでリゼリーちゃん一筋
なんだからさ、ここにきて慎重になり過ぎることはないよなー。」
「それは、どういう…」
「もう一度、仕切り直して告白できれば早いんだがー…難しそうだな。よし。ここは
オレがひと肌脱いで活躍するところだな!任せろ!」
「お、お願いします…?」
ジャックの思考についていけないリゼリーはつい、自信満々な彼になんとなくお願い
してみることにした。
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