#11
「リゼは両陛下に相談したりはしないのか?国務が忙しいとはいっても全く顔が
会わないわけではないのだろう。」
「それは…そうなんだけど…。アニエスが私のことを知ってしまったなんて、
言えないわ。特にお母様には…」
「そういえばアニエス様に事情を聞かれた際、ここの庭園の扉の錠が開いていた
ことを話したときに母君がと呟いていた。王妃はリゼのことを良く思っていない
のか?」
「えっと…お母様とは…その…あれなの。喧嘩…そう、喧嘩中なの。お茶の時間に
私がお母様の大事なドレスを汚してしまって。」
「それはまた…。災難だったな。」
今この場で考えましたと言っているも同然なリゼリーの口振りにこれ以上は深く
聞いてほしくないのだろうと悟って大人しく退く。
追及されないとわかると、彼女もどこかほっとしたような安心した面持ちになるので
自分は間違った選択をしたわけではないと確認できる。
まだお互いのことをさほど知らないのだから順番にゆっくり知り合っていければ
いい。
時間は有限なうえに今の自分にはルーナ王国の調査という大きな目的があるため
リゼリーと二人で過ごせる時は短いかもしれない。
それでもこうして再会できたのだ。
この穏やかなひとときだけは何としても死守しなければ。
そう決意してクラウスは今度は自分のことについて話そうかと思案する。
彼女ばかりに話させて自分は語らないのでは相手も近寄り難いというもの。
「あの…クラウスのこと、聞いてもいい…?」
「ああ、もちろんだ。なんでも構わない。」
「えっと。クラウスは今、何歳なの?私は12歳になったばかりなの。」
「俺は今16だ。ここへの滞在が終わって国へ戻れば、また面倒なことになる。」
「面倒なこと…?」
きょとんとして自分の顔を覗き込んでくるリゼリーが可愛くて、クラウスは顔が
緩むのも気にせず彼女との視線を合わせる。
――鏡を見たらきっと、今の自分はあり得ないくらい緩んでいるのだろう。
そう頭の片隅に思いながら『止められないのだから仕方ない。』としてリゼリーの
問いに答えることにする。
「グランウッド王国では通常、16の成人を迎えたら早々に婚約者を決めて次の
後継者を確保しておくんだ。争いばかりの時代だからな…いつ王が討ち取られて
しまうともわからないし、王族の血を残す為にも早く身を固めるんだ。」
「そっか…そう、だよね。クラウスは第一王子だから、次の王様になるんだもんね。
でもそしたら私とお話してたらいけないんじゃ…。」
「どうしてだ?リゼだってルーナ王国の王女だろう。資格がどうのと言うのなら
立場としては問題無い。年齢は…まあ、あれだが。」
クラウスは言いながら別のことを考える。
リゼリーとこうして心穏やかに過ごし続けたいなら、わざわざ面倒な婚約者選びに
参加せず父王に進言して気になっている人がいると伝えればいい。
そして彼女が成人した時に迎えに来て、他の誰かが娶ってしまう前に求婚して
しまえばこの時間は半永久的に約束される。
遠征や戦争を抜けばリゼリーとはずっと一緒にいられるのだから。
これはいい考えかもしれないとクラウスが思っている傍ら、リゼリーはどこか
遠い目をして少し表情を陰らせていた。
それに気づいて今度はクラウスがリゼリーの顔を覗き込む。
「リゼ。どうした。」
「……え、あ。な、なんでもない!ちょっと、考え事してたの。」
「そうか。他に知りたいことは?俺の幼少期でも話そうか。」
「う、うん。聞いてみたい。」
リゼリーがこくこくと頷いて自分の提案に乗ってくれた、それだけでクラウスの
気分は向上してとても嬉しくなった。
幼少の自分は勉強が苦手で体を動かすことが好きだったり、やたら自分を厳しく
躾けてくる乳母が嫌いで悪戯したり、時には従者と共に巡った初めての遠征話まで
時が経つのも忘れて語った。
ちなみに今でも勉強は苦手で執務など机で行うものに関しては色々と言い訳を
つけて逃げていると苦笑すれば、リゼリーはふっと笑ってくれた。
一通り話し終えて少しの間心地よい風に当たっていると背後から声が降ってくる。
「仲睦まじいようで何よりですわ。侍女にお茶を持ってこさせましたから、あちらへ
場所を変えて楽しみませんこと?」
「うん。ありがとう、アニエス。」
「うふふっ…お姉さまたちの為なら、わたくし幾らでも頑張れますわ。」
庭園に設置された小さなテーブルとベンチのある所へ向かって歩いている途中、
アニエスはこそこそとクラウスに近づき囁きかける。
その表情はとても好奇心溢れた子供らしいもので。
「…それで、お姉さまとはどうなんですの。クラウス様のお顔を見れば大体の察しは
できましても、やっぱり直接聞きたくなりましてよ。」
「ではそのお察しの通りでよろしいかと。」
「あらやだ。わたくしもお姉さまと同様に接していただけないかしら。公の場では
さすがに周囲の目がありますが…この庭園や二人きりの時などは。気兼ねなくお話
できる方がわたくしもやりやすいですの。」
「なら…お言葉に甘えて。リゼとは仲良くできていると思う。思うが…幾つか返事に
詰まったり表情が曇ったりすることがあって気がかりなんだ。」
「そうなんですの…。でもまだこれからですわ。わたくし、クラウス様に期待して
いるんですから頑張ってくださいまし。」
アニエスは小さくうーんと考えるような仕草をした後、クラウスに期待の眼差しを
向けて微笑んだ。
初対面の時のあの警戒はどこへやらと疑問に思いたくなるくらいの変わりように
クラウスも苦笑で返せば彼女から思い切り背中を平手打ちされる。
痛くはない。けれどどこぞの従者を彷彿とさせた。
――ああ。そういえば、ジャックを置いてきてしまったな。
アニエスに謁見の間から連れ出された以降、全く気にしていなかったのだが彼は
あの後どうしているのだろうか。
まさか国王夫妻とそのまま歓談を続けているなんてことはないだろう。
ジャックは人当たりもいいし何気に器用な人物だからうまいことやっているとして
適当に納得しておくことにする。
自分は今、従者のその後を気に掛けるほど余裕がないのだから。
三人でベンチに着いてお茶を楽しんでからは当たり障りのないありふれた日常の
話題が続いた。
ここ最近は天気が良いから月がよく見えるとか、お茶菓子は持ってきてもリゼリー
よりアニエスがほとんど食べてしまうとか。
穏やかで楽しい時間は遠くで鳴る鐘の音であっという間に終わりを告げる。
クラウスは以前に話を聞いた中年男性の言葉を思い出してリゼリーとアニエスの
二人を交互に見やった。
リゼリーが鐘の音に反応して城下町の方へ顔を向けたのに対し、アニエスは全く
気にする様子もなく紅茶を啜っている。
やはり誰にでも聞こえるものではないらしい。
「アニエス。そろそろ人が来る時間じゃない?見つかる前にクラウスと出た方が
いいわ。」
「…あら、本当。お姉さまの勘は全部当たるものね。非常に残念で惜しいけど…
そうさせていただきますわ。」
「クラウスもありがとう。こんなに楽しいのは久しぶりです。」
「ああ。俺も楽しかった。また明日もこちらへ来ても?」
「えっと…」
「当然ですわ!クラウス様は『お姉さまの』大事な客人ですもの。お姉さまが相手
なさるのが道理ですわ。」
「……はい。」
横から割って入ってきたアニエスの圧に負けてリゼリーは小さく頷いた。
お茶で使ったカップや菓子を乗せていた皿はアニエスの買収した侍女たちが速やかに
片付け、二人も誰かやって来る前にと庭園を静かに後にする。
晩餐まで少し時間があったため執事に案内された部屋でクラウスは待機していた
ジャックに無事会うことができた。
彼は終始置いていかれたことに不満を漏らしていたが『いつものことだけどな!』と
最終的には勝手に自己完結して落ち着く。
クラウスもいつも通りジャックの不満は聞き流してリゼリーと過ごした今日の時間を
思い出しながら明日は何を話そうかと考えるのだった。
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