月と王子様

花陽炎

#序


遥か遠くで教会の鐘の音が大きく鳴る。


祭壇の供物を捧げる台座の上に仰向けで横になっていた少女はすぐ傍で神に何かを

乞い願う司祭の言葉をぼんやりと聞きながら満点の星空を眺めていた。


――もう間もなく、自分はあの星々の一つになるのだ。


そんな錯覚を覚えながら『何度目か』の現実を避けるように目を瞑る。



「――神よ。この国の平和と安寧をお守り下さい。そして今宵、再び貴方様の元へ

この娘をお送りします。」



司祭の言葉が終わったのを感じて少女は閉じていた瞳を静かに開く。


傍らにいた司祭と入れ替わりにこの国の王が立ち、その手には儀式用に清められた

ナイフの刃が月光を反射して鈍く光っていた。


神への供物となる少女に向ける表情は酷く愉快そうに歪みとてもじゃないが

これから自身が手にかけるだろう相手を同じ人間として見ていないことは明らかで。



「さようなら。リゼリー。」



少女は既に恐怖も何も感じなくなった心のままに、ゆっくりと自分に向けて降ろさ

れるナイフの軌道を視線で追った。


体を貫かれて鋭い痛みが全身に走るのはほんの一瞬だけ。


次第に霞んでどこまでも深い闇に意識が呑まれていきながら彼女が想うのはいつも

自分を慕っていてくれた『彼ら』のこと。



――…さようなら。またきっと、私を愛して下さい。


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