注文の多い短編集
竹内緋色
注文の多い本屋さん
女の子はこの町の本屋さんにやってきました。
女の子の住むこの町には一軒しか本屋さんがありませんでした。
女の子はこの本屋さんがあまり好きではなかったのですが、大好きな本がどうしても欲しくて、お母さんからもらったお小遣いを持って本屋さんにやってきたのでした。
カランコロン。
本屋さんの扉を開けると暖かな風が女の子の頬を温めます。
外は冬の寒さで、女の子は早く暖かいところに行きたくて急いで本屋さんにやってきたのでした。
「人に出会ったときはこんにちは、だ」
本屋さんに入ってきた女の子に店主は厳しい声で言いました。
女の子はむすっとして、本屋さんの言うことを無視します
「大人の言うことを聞かないとは。なんという子供だ」
店主は目を血走らせ、女の子に言います。
女の子がこの本屋を嫌いなのは店主がことあるごとに説教をするからです。
女の子にだけではなく、店に来たお客さんみんなに説教をするものですから、店主を嫌って、わざわざ遠くの町に本を買いに行く人がいるほどです。
「店の中に入ったら帽子を脱ぎなさい。土をしっかりと落として店の中に入ったのか?」
「そんな本を読むのはやめなさい。もっと勉強になる本を読みなさい」
「お金を無駄遣いしてはいけない。将来のためにためておきなさい」
女の子は我慢の限界でした。
手にもって買おうとしていた本を店主の机にたたきつけて、そのまま帰っていってしまいました。
次の日、女の子の家に本屋さんの店主の家族が訪ねてきました。
店主の家族は昨日女の子が買おうとしていた本を女の子に渡しました。
店主が女の子に届けるよう家族に書き残していたそうです。
店主の家族が泣いていたのが女の子にとって不思議で不思議でなりませんでした。
店主の家族は本当にそっくりだ、とつぶやいて女の子の頭をさらりとなでると小さな背中を見せて帰っていきました。
ある日、女の子がお礼を言おうとこの町の本屋さんを訪れるとすでに本屋は無くなっていました。
女の子はもう二度と、説教ばかりする大嫌いな店主に会うことはありませんでした。
それは女の子にとってすごくうれしくて、そして、ちょっぴりさみしくなった冬のできごとでした。
あとがき
さて。本編よりあとがきを多く書きたい。ダメな奴の典型だな。わたしは。
なぜこんな話を書こうかと思ったかというと、案外どうでもいいというか、
特別なことがあったわけではない。車を運転してると、ふと、何故か注文の多い料理店のことを思い出し(大体わかっているとは思うが、宮沢賢のアレである)注文の多い○○で書いてみようと思ったのである。すると、かつて通っていた本屋が知らない間に閉店していて残念に思ったことを思い出したのだ。そして、この短編を書いた。それだけの話なのである。
このお話は本当は書こうとしていた内容があった。
店主は女の子と出会っている時にはもう死んでいて幽霊である。
女の子をかばって交通事故で死んだ。
本屋に行く途中に車に轢かれそうになった女の子を店主がかばって死んだが、女の子がその事実を知ることは一度もなかった。
店主は女の子と同じ歳の子供を亡くしていた。
でもまあ、なんとなく何かが伝わればいいし、書いちゃうと話が複雑になりそうなので書かなかった。
それだけの、小さな小さな物語なのである。
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