第二六八回 僕の青春は大海原への航海のように、みんなが一緒だから。


 ――見詰め合う瞳と瞳。それとよく似た真剣な眼差し。睨み合いとはまた違う。



 令子れいこ先生の瞳に、僕が映る。……言葉が交わされる静かな時間の中で、空間を。


「その気持ち、大切にしてね。

 みんな一緒だから、みんな芸術部という大きな船に乗る大切な仲間だから……」

 と、言った。令子先生は、そっと優しく、僕を抱きしめる。


 それは鼓動……傷跡の奥にある心臓の鼓動。そして体温も。涙で濡れた頬に当たる息遣い。絵の具は付いちゃうけれど、令子先生が裸だから、柔らかな温かみを感じるの。


 すると、

 ……聞こえてくる。足音は気にならなかったけれど、息遣いと声が。


「それって、

 わたしも参加していいかな? 今度こそ、完成したいから」


 えっ? 僕だけではなく令子先生も、梨花りかも。

 静寂に響く声。女性の声。その声に振り向く振り返る、この場にいる者みんなが。



 ――瑞希みずき先生!


「一緒に描こうね、千佳ちかさん」

 と、ニッコリと言うのだ。完成へと導く役目を、この時に担ったの。


「そうだよ、おねえちゃん。もうかなしくないんだよ」

 クイクイッとワンピースの裾を引っ張る小さな手……お手々。小さな子供がいる。


楓太そうた君、ありがと。

 僕も、このお姉ちゃんも、もう悲しくないからね」

 と、梨花は涙を拭った顔、ニッコリと笑顔でそう言った。それに便乗してなのか、


「うんうん、元気があれば何でもできるだよ」

 と、瑞希先生は溌剌ともいえる音声おんじょうと、言葉をもって結んだ。



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