第百九回 そして入室。今アトリエに身を置いて。
――開かずのドアから、開けられるドアへと変化を遂げたその向こうには、広がりゆくスペース。ドアの位置からみたら横……入ってみると、前向きに広がる世界観。
窓は規則正しく横並び。そこへ差し込む日差したち。
舞い踊る白い世界。白は白でも白銀の世界とは異なり、その中を舞うフィギアスケートでもなくて……もっと柔らか。穏やかな未だ午前の光の中を、戯れる天使たち。
本日の陽気にも似る笑顔。
泉の傍ら、跳ねる水飛沫。
一糸まとわぬ、ナチュラルな姿で、水のお遊戯を楽しんでいる天使……
が、描かれている五十号のキャンバス……が二種類。
――二種類が、飾られている。蛍光灯やLED……人工的な光がなくとも、ナチュラルな光源が、よく似合うキャンバスに描かれている天使が、各々に一人ずつ。
「……油絵?」
「アクリル絵」と、ニコチャンマークがベースの笑顔を、崩さずに、答える
色褪せないさま……
もう十五年以上も、この場所に滞在しているアクリル絵たち。……その中に、僕は面影を見る。キャンバスに描かれている天使たちの面影は、現在もまだ傍らに。
若かりし頃、僕の知っている二人。
先に生きると書いて『先生』……きっと、この意味ではないと思うけど、僕たちよりも先に生きているから、僕たちを教えることができる。……確かに一理ある。
描かれている天使たちは、
僕らと同い年か、それよりも若く、十三歳か十二歳……もしかしたらね、それよりも年下? それはあり得ない。二人とも、この学園の生徒だったから。小学生の時に描いたってことはないだろう。……まあ、それはともかく、今ここに立つ僕と、先生たちのアクリル絵と、リアルでコラボしている。脳内はまだ、ぼんやりとしているけれど多少は……つまり先生たちの若かりし頃とも、夢ではなく現実の世界でコラボしているのだ。
それはそれは……
同じ女の子でも嫉妬するほど、或いは羨むように、尊敬の念を抱くようにと、その美しさ。……ドキッとするほど切ないほど、ナチュラルに綺麗。
それほどに……
「気に入ったんだね、その絵たち」
「はい、とっても……この絵たち、令子先生が描いたのですか?」
その会話の間にだって、僕は見入っている。僅かばかりに「クスッ……」と、ブレスなほどだけれど聞こえ、……令子先生の表情が、その時の表情が想像できる。
「僕だけじゃないよ……」
「僕?」……僕は訊き返す? 此処には今、梨花はいないはずだけど……ボクッ娘は僕と
「僕じゃなくて私……でも君だけだね、私が今『僕』って、自分のこと言ったことを聞いたの。……お願い、内緒にしてほしいの。この絵たちのことも含めて、ねっ、ねっ」
と、僕から見ても、
安心できるほど可愛くて、令子先生が。僕の表情にも変化。
ニッコリとは異色な、ニヤリという表現のものへの、自分でもわかるほどの変化。
「令子先生は、僕と同じ『ボクッ娘』なんだね?」
「う、うん……一人っ子なの。それで男の子がいなかったからかな?
『僕が男の子みたいになったら、パパ構ってくれるんじゃないかな?』と、そう小さな頃に思って以来、自分のこと『僕』と言うようになって……でも最近は、パパが『私』に戻せと言うから、頑張って戻してるんだけれど……」
「いいじゃないですか、ずっと『僕』でも。
僕は自分のこと『僕』っていう子、とても可愛いと思ってますよ。僕は自分が『ボクッ娘』だから、余計にそう思ってるのです。だから大好きですよ、『ボクッ娘』」
「……うん、何だかわからないけど、ありがとうね、
「う、うん」……お話は、もう少し続く。もう少ししたら、アトリエから場所を変えることとなる。授業の終了まであと二十分余り。次の休み時間までは以下同文だ。
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