第3話 猿のような生き物

弥生やよいside)


「はあ……、はあ……。最悪。よりにもよってこんな日に寝過ごすなんて……」


 大小様々な人と車で埋まる大通りの交差点、世話しなく点滅する信号機、建ち並ぶビルの山、その合間をぬって生える満開の桜並木。


 そんな緩やかになびく風景とは場違いに、私は呼吸を乱しながら慌ただしく走っている。

 

 ここは首都東京から少し離れた位置にある屯田町とんでんちょう

 一見どこにでもある少し都会ぶった普通の町。


 ほら、その証拠として一歩、この国道を外れたら田園を中心とした田舎の道へと早変わり。


 こんな田舎でも交通や環境維持などのために道路工事などのお金がいるから、お役所さんも大変だ。


****

 

 季節は春うららかな4月の後半。


 紺のブレザーに黄色のネクタイで緑のチェックなスカートの制服姿の私は、先ほどの前振りの通り、国道の脇にある街路樹が並ぶ歩道をひたすら駆けていた。


 その私がすれ違うたびに私を見つめ、怪訝けげんそうな表情をする通行人たち。


 中には『あんな可愛い娘が大股を広げて走るなんて、はしたない』と言う中年のオジサンやオバサンもいた。


 確かにスカートだと足がスースーして走りづらい。


 いくらパンチラ防止のためにスパッツを履いてるとはいえ、乙女として少し抵抗がある。

 まあ、昭和の世代に流行ってた露出がきわどいカボチャパンツのようなブルマに比べたら、いくらかはマシだけどね……。


『……昔の女性達は勇気があって凄いなあ』と感心する。


 ああ、そんなことよりも急がないと……。


****

 

 それよりも時間がない。

 このままだと確実に遅刻する。


 校門で待ち構えている柳瀬浩太郎やなせこうたろう生活指導員から何を言われるか分からない。


 もし、遅刻したら今回も罰として廊下に立たされ、約一時間、水の入ったバケツを両手に持たされるのだろうか。


 まったくいつの時代の生活指導か。

 今のご時世、パワハラとして十分に立証できる。

 

 でも、柳瀬はああ見えて普段は人柄が良くて優しく、よく生徒を見ている。

 どうやら職務の指導員としては厳しく接しているが、その裏では生徒の更正を計っているようだ。


 由緒正しい伝統校である星屑修二ほしくずしゅうじ学園私立高等学校に恥じない生徒たちを育成するためだろうか……。


****


「しょうがない、ぐるりと近道をしますか」


 私は大通りから離れ、次の右の曲がり角にそって曲がった。


 すると……。


「きゃっ!」

「わっ!?」


『ドカーン!』


 先の曲がり角には先客がいて、立ち止まる暇もなく正面衝突する。

 

 思わず地面に尻餅をドンとつく私。


「アイタタタ……。

ちょっとあなた、どこ向いて走ってるのよ!」


 私が激怒してぶつかってきた輩に文句をぶつける。


「ごめん、僕も急いでいて悪気はなかったんです……」


 その見た目はどう見ても学生で、少年のように若い男子だった。

 私の通う学校の男子と同じ、黒のブレザーに緑のネクタイ、灰色のズボンの制服を着ている。


「悪いとかの問題じゃないわよ!」


「……って、はっ……」

 

 ふと、私が怒りから不意に態度を改める。

 男子、いや彼は絵に描いたような好青年だった。


 多少、目つきは悪く、鼻の下が長めだが優しい顔立ちのイケメン。

 それを見た私の体が本能を呼び起こし、カッと心から火照ほてる。

 まさに、一目惚れだった……。 


(マズい。体がムズムズしてきたわ)


 私の体内の女としての血がたぎり、あの能力が発動する……。


****


(……大丈夫かな。この子?)


 彼が心配そうに私を見つめている。

 どうやら彼の心の意識に繋がることに成功したようだ。


(とりあえずは立たせないと、黒いパンツ?

が丸見えだし……)


 さっそく、スケベ心が丸聞こえである。

 まあ、男だからしょうがない。


「大丈夫ですか?

良かった、怪我はないようですね。

立てますか?」


 その心理とは裏腹に手を差しのばす優しい彼。

 

「心配しないで、私は平気だから……」

 ……と口ずさんだ瞬間、

(あっ、あああああああー!?)


 私の脳内に大音量の叫びが鳴り響く。


 あまりのやかましさに耳を塞ぐ私。

 しかし、彼の心の声には意味がない動作だ。


(……おっ、おっぱいにマーガリンがベッタリついてる。どうしよう!?)


「えっ?」


 私は気になって自分の胸元を見ると、ブレザーに食パンが埋もれていて、パンからの液体で胸を中心に飛散していた。

 指で軽く触ってもサンオイルを塗ったかのようにベタベタである。


(僕も、あの豊かなおっぱいに挟まれたい。いやいや……)


 彼が胸ポケットからコンビニのポケットティッシュを私に差し出す。


「もしよろしければ、これ、使ってください」

「ありがと」


(くそー、このティッシュ結構高いのに最悪だな)


 優しいとは奥底で全然違う態度の彼。

 まあ、言い出して向こうが出したなら貰うしかない。

 ティッシュだけでは落ちない汚れだが無いよりはマシだ。

 今はこの好意に素直に甘えておこう。


(しかし、この子、

……よく見ると美少女だな)


 さて、ここでようやく男の本音がきたわ。

 

 今日も朝からシャワーを浴びて清潔にして、髪型は綺麗にセットしてピンクの輪ゴムで留め、ポニーテールに若者向けの薄化粧。

 それプラス、パッチリとした二重にマスカラを重ねたキラキラとした瞳でどんな男子もイチコロのはず。


 それから、オプション追加で、この自慢の豊満なEカップの胸元のボタンを開けてセクシーな鎖骨をさらけ出し、彼に目を合わせ、唇をペロッと舐めて、ここぞとあまり誘惑してみる。


 さあさあ。

 どうゆう態度にでるかな、可愛い狼君ボウヤ

 そこにある公園へ私を誘い込んで何かしでかすのかしら。


 ──すると、その私の色気仕掛けに何かを感じ取ったのか、彼の動きが急にピタリと止まる。


(……いや、まてまて。あの子には負けるか。この女、ただおっぱいが大きくてケバい女だからな)


「なっ、生意気なガキね。気持ち悪くて悪かったわね!」

「ぐはっ!?」


 その心の声を聞いて憤怒して、彼の顔面に黒革のスクールカバンを思いっきりぶつけて、そのまま立ち去る私。 

 

(あのネクタイの色からして三学年かしら。失礼なやつね)


 私の学校では学年別にネクタイの色が違う。


 一学年は赤、二学年の弥生わたしは黄色、そして、この男子は三学年の緑と決められている。

 

「あっ、大変だ。もうこんな時間!

今日は一時限から体育があるから早く着替えないといけないのに!」


 その場でピクピクと悶絶もんぜつする彼を後に学園に向かうため、私は再び走り出した。 

 

 そう、しょせん男なんて、みんな外見でしか判断しない猿のような生き物だと……。



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