#14 レッスン
「うぅ……緊張するなぁ……」
キリキリと胃が痛む俺の前に
四井市は四つの区が集まって出来た市なので、市の設立当初に建てられたこのドームもクローバードームと名付けられたらしい。
成人式や主要なスポーツのイベントなどもここで行われるぐらい、大きな会場だ。
楽器の準備を済ませ、レッスンに向けて身体のストレッチを各自で始める。
俺は身体が物凄く固いため、誰かに押してもらいながらでなければ前屈も厳しい。いつもであれば男勝りな
自分一人で粘ってみるが、やはり岩のように固まってびくともしない。
「悪い、石塚……ちょっと体押してくれないか。全然ストレッチにならねぇ……」
「わ、私? いいけど……」
おどおどしながらも手を貸してくれたのは、ユーフォニアムパートの一年生、石塚 飛鳥。
石塚は小さい頃に少しだけピアノを習っていたために興味があって四北に入部したらしい。しかし、ここまで練習がガチガチとは知らなかったようで、元々文化系のほわほわした感じを想像していた石塚は、俺とは別の意味で四北の吹奏楽部にギャップを感じていると言っていた。
だが、それでもなんとかついてきているため、芯は強いのだろうと思う。
「宮野先生ってどんな先生なんだろうな?」
「この前、
「うーん、まあ会ってみないと分からないけど。取り敢えず、怒られないように頑張るしかないな」
「うぅ……私、不安なところだらけなんだけど」
そうこうしているうちに、ウォーミングアップの時間になったため、シューズを履いて配置につく。四北では一年生と先輩が交互に並び、円になってお互いの姿勢や動きを確認するのが練習スタイルだ。
「武内くん、足下がりすぎ。もう少し上げないと全体のバンドの動きと違って見えちゃうよ」
「うっ、すみません」
冴桐先輩に指摘され、俺は一生懸命に足を上げる。ハイマークタイムといい、片足を膝まで上げる動きがあるのだが、この姿勢のまま停止するとすぐにフラフラしてしまう。片足立ちだけでもプルプルするのに、皆涼しい顔なのは訓練の
「平坂さんは上半身がぶれすぎてる。楽器吹きながらそれじゃ演奏できないよ。特にチューバは大きいから、揺れも目立ちやすい。今は楽器を持っていない状態だから練習して慣れていこう」
「はい……気をつけます」
「最初のうちは難しいよね〜。分かる分かる〜」
へこむ平坂の横で、
ウォーミングアップをみっちり一時間やった後、一年生には宮野先生を迎えに行くというミッションが出された。
ドキドキしながら、駐車場に向かうと。
「歓迎しますよニューカマー! 今年の新入りたちはどんなショーを見せてくれるのか楽しみです!」
呆気にとられる俺の前で、グラサンをかけた年齢不詳の女性が顔を出した。
「お久しぶりです、宮野先生」
「
ちなみに四北にはレッスンのときはカラーTシャツを着るという習わしがあり、学年ごとに色が違う。今年は一年生はエメラルドグリーン、二年生はターコイズブルー、三年生はバイオレットといった具合になっている。赤、緑、青とかではないのが非常にユニークなところだ。
「私は宮野。
「はい!」
元気な一年生の声に、宮野先生はにこりと微笑む。だが。
「オー……これは……」
レッスンが始まって数十分。宮野先生の顔が
「……すみません、私の力不足です」
「いや、気にしないで。スプリング・コンサートもあったし、正直厳しいスケジュールではあったのだし。ただ……ちょっと休憩を挟みましょうか」
どんよりとした空気が漂うバンドを見かねてか、宮野先生が休憩の指示を出す。休憩、と言われてもすぐに休憩をするメンバーはおらず、皆改善点の練習に必死だ。
「ほら、皆。宮野先生が休憩だと言っているんだ。休む時はちゃんと休んでから練習に戻ったほうが効率がいい。十分間はドリルブックも楽器も触らないように」
「先生! しかし……」
「顧問として俺からの指示でもある。休まずにぶっ続けでやっていたらフォーマンスにも影響する。冴桐、頑張るのはいいことだが、詰めすぎるとパンクするぞ」
冴桐先輩はまだ何か言いたげではあったが、少し俯いてから楽器を置いた。それに続くように、メンバーも楽器を降ろす。
「皆、取り敢えず今は頭をリセットするのが大事だ。水分補給を忘れずにな」
そう言われても、休まるメンバーはあまりいないだろう。現に数分で禁断症状(?)が出ているメンバーが数人。
速水先輩に至っては、楽器に触れるなと言われたことによるショックなのか、放心状態になっている。やはり彼はどこかネジが外れているというかなんというか。
うーむ、と考え続けていた宮野先生が、何かひらめいたようにパチりと手を叩き、嶺岸先生に耳打ちする。そして、メガホンを持った嶺岸先生の口からからは衝撃の言葉が飛び出した。
「
「え、俺も!?」
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