第26話・風に吹き飛ばされて

風によって吹き飛ばされていく東城小正とうじょうこしょうの絵はあっという間に二人には見えなくなってしまった。

「すいません! 貴方の作品が風に吹き飛ばれてしまって」

東城翔子とうじょうしょうこ改めて旧名隈江翔子くまえしょうこ高校二年生は、小正に対して頭を下げた。が、小正から思わぬ返事が返ってきた。

「え? 貴方は面白い人だ」

翔子は耳を疑った。何故この状況で面白いという感情になるのか分からなかった。小正の言葉は続いた。

「絵? あれは絵じゃないですよ。ゴミですよ」

また翔子は耳を疑った。その時、突然思ったのだ。この人はずっと一人で生きてきた。誰も信じず、自分も信じず。


「ゴミではないですよ。絵ですよ。貴方の素晴らしい絵ですよ」

翔子は小正の言葉を否定するかの様に強く言葉を発した。

「素晴らしい? どこがですか? 私には何も無い。私には何の才能も生きる価値も無い。俺なんか人の”失敗作”だ」

小正は言い終えると、その場に倒れた。




小正が目覚めた時、日は既に落ちて知らない建物の中にいた。布団も敷かれており、扇風機も付いていた。その時知らない声が隣の部屋より聞こえてきた。

「どうしたの? あのおじさん?」

「たまたま翔子を見かけたと思ったらおじさんが倒れたと翔子が言ったから取り敢えず辺りももう暗いから家に運ぼうと言った訳だ」

「大丈夫なの? ガリガリでボロボロの服だし、危ないヤツじゃないの?」

「今のところはな……」

どうやらさっきの子の母と父らしい。さっきの子の名前は翔子と言うらしい。


「あの人起きた?」

翔子が部屋に入ってきたらしい。翔子は風呂に入ってきたらしく、ほのかにシャンプーの香りがしてきた。

「相変わらずお気楽でいいわね。風呂に入って」

「で、あの人起きた?」

翔子は母の隈江美奈子くまえみなこの言葉を無視して、再び同じ質問をした。

「……見てみれば? さっきから静かだけど」

「いや待て。起きてるし。隙間から見てるし」

翔子の父隈江条くまえじょうが、襖の隙間から小正が覗いているに気づいた。それに倣って翔子、美奈子も襖の隙間を見た。

「おはようございます……」


「あの、すいません。覗き見してしまって」

「いいよいいよ、気にしてないしね。ね? ね?」

翔子は美奈子、条に同調を求めたが、反応は返って来ず、条が口を開いた。

「お前さんはどこのどいつだ?」

小正は正座したまま、言葉を選びながら、答えた。

「私は東城小正と言います。三十になります。近くの家に住んでいます。無職です」

小正が答え終わると、沈黙の時間が流れ、暫く経った後、美奈子が口を開いた。


「取り敢えずご飯でも食べて下さい。無職だから飯代も無いんでしょ」

然し、小正はポケットから財布を取り出し、万札が八枚入っていた。

「金はあるんです。実は父が会社でちょっとしたお偉いさんで」

三人は顔を見合わせ、翔子が口を開いた。

「でも、食べて言って下さい! 美味しんで!」

小正から涙が出てきた。久しぶりの涙だった。

「すいません……優しいお子さんで。こんなろくでもない奴に」

「えっ? 何で泣くんですか? 当たり前の事じゃないですか!?」

翔子が驚いていると美奈子が翔子の肩を静かに叩くと美奈子は首を横に振った。黙って生姜焼きとご飯を美奈子は小正の目の前に出した。出した途端、小正は目を輝かせると直ぐに生姜焼きとご飯にかぶりついた。


「ありがとうございました。ご飯もう一杯頂けますか?」

小正は生姜焼きとご飯を平らげ、ご飯二杯目を美奈子に促した。美奈子は少し困り顔だったが、翔子が黙って美奈子の顔を見て頷き、ご飯二杯目を用意する様促した。

「翔子から聞いたんだが、絵を描いてるんだってね。まぁ、色々大変だろうな」

すると、小正の顔がみるみる暗くなっていった。

「色々大変ですか……絵を描いてるんじゃありませんよ。ゴミを生んでるだけですよ。俺には何も無いから。ゴミを作るだけが唯一の暇つぶしだから」

すると翔子が机を叩いた。


「何を言ってるんです! 素晴らしい作品を、貴方だけの絵を描いてるじゃないですか!」

すると今度は小正が机を叩いた。

「嘘をつかないでください!お願いですから……」

また小正は泣き出してしまった。然し、翔子は止まらなかった。

「人を信じず、逃げてばっか」

「おい、翔子止めろ」

条が翔子を止めようとするが、それだけでは翔子は止まらなかった。

「私は良いと思ったもん! ゴミじゃないもん! 絵を描いて稼げよ! それと、それと……」

急に子供地味た口調になった翔子は最後に

「ご飯おかわりするなよ!」


すると小正は爆笑しだした。それに倣うかのように条、美奈子も笑いだした。翔子はなんの事か分かっていない様子だ。

「こんなに面白い人は初めてですよ……それに、仮に本当だとして俺の絵を褒めてくれる人が目の前にいるとは」

「仮に本当だとしてではなく、マジです。私こう見えて美術部なんですよ!」

翔子の思わぬカミングアウトに小正は目を丸くした。

「そうなんですか!道理で個性的な服装しているんですね」

翔子は今、変な顔した犬が描かれている白いTシャツを着ていた。

「失礼な! 笑うな!」

そんな翔子も笑って、記念の一日になった。




「まぁ、ここら辺で休憩するかね」

昔の翔子と小正の話も思いの外長かったため、美奈子も喋り疲れた様だ。東城柚とうじょうゆずは既に眠りの中に。翔子の膝枕で、マグロ、かっぱ巻き、たまごという謎の寝言をしていた。

「お母さんもお母さんで色々やばいね」

ふうの言葉で翔子、美奈子、風は笑い、柚はまだ寿司のネタを言う謎の寝言が続いていた。

「後ね、実は風の名前の由来ね、あの時風によって絵が吹き飛ばされていった事から私とあの人の運命の歯車が動いたから、かぜと書いて音読みでふうからきてるんだよ」

「えっ! そっからきてるの? 私の名前!」

意外な名前の由来に風は驚きを隠せなかった。ちょっと五月蝿かったのか、柚が起きてしまった。

「なんや? 随分盛り上がってんな?」

「なんで起床して直ぐ関西弁? 今はお父さんとお母さんの昔の話の休憩中」

風が今の状況を柚に向けて説明し終えると、直ぐまた柚は寝てしまった。


「私も眠いし、寝ようかねぇ。続きは明日かな。そうだ!この子達だけでも、明日も泊まっていいよ」

「私は別に構わないけど、風はどうする?」

風は少しも悩まず、答えを出した。

「うん。明日続き聞きたいな」

そういう訳で明日も風は祖母・美奈子の家で泊まる事になった。

「忘れてたけど、宿泊代は?」

「えっ!取るの!?」

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