瀕死の母星
『カランカラン』
いつものバーだけど、今日はフィルと一緒。聞きたいことがあるって、そりゃそうでしょうねぇ。
「ミサキ、社長はどういう人なんだ」
今から五千年前にエレギオン王国を起し、コトリ副社長と共に延々と統治を続けていたことを教えました。
「ミサキや専務は四千年前に副社長が作ったのか、いや作れるものなのか」
「そうよ」
「社長は三千年にわたって、王国を運営し、王国滅亡後は千六百年に渡ってエレギオンの遺民を守り続けたってことか」
「そうだよ、だから政治にしろ商売にしろプロよ」
フィルは神の力を知りたかったみたいだから、女神の喧嘩の話をしてあげた。
「それがおふざけ程度?」
「本気でやればクレイエール本社ぐらいは、あっと言う間に瓦礫の山にしてしまうよ」
「ミサキも出来るのか」
神によって能力特性があり、出来ることは神によって異なるって教えておいた。
「神を殺すとはどういうことだ」
神は神にしか殺せず、神同士の戦いは純消耗戦らしいとだけ話しておいた。
「社長は強いのか」
「四人の中では最強かな。四人以外でも二番目になるけど、実質的に最強と見て良いよ」
若く見えるのは神の力かと聞かれたので『そうだ』と答えておいた。ただし男に宿ってもそう出来ないらしいも一緒に伝えといた。ちょっと残念そうな顔をしてた。そこに、
『カランカラン』
コトリ副社長が登場。
「フィル、つかまえた」
副社長が聞きたいのは母星の話。聞いているとテクノロジーの進歩は凄いけど、地球とよく似ているのに改めて驚かされた。考えようによっては先祖が同じというか、地球は分家みたいなものだし、環境的にも良く似ているようだから似ていても不思議ないかもしれない。
ただフィルにしても母星が本当に栄えていた時代は知らなかった。フィルの四世代以上前から戦乱で母星は荒廃し、ひたすら生き残るのに必死だったで良さそう。それでも秘密研究所を見つけてから、そこに残されていた資料を読んでいたから、かなり詳しく歴史を知ってるみたい。
「その母星はなんて呼んでたの」
「エランと呼んでいた」
「なるほどね」
そういえばアラッタはエラム文明圏の都市国家。なにか関連性があるのかもしれない。
「フィル、生殖行為はどうしてたの」
ミサキは思わずむせ返りそうになりましたが、
「繁栄していた時代には完全人工繁殖をしていた時期もあったとなっている」
「人口コントロールのため?」
「それもあったが、遺伝子病の撲滅の目的もあったと書いてあった。ただ、結構不評だったようで、なんだかんだと抜け道があったようだ」
「フィルの知ってる頃は?」
「男性が女性を見て性的興奮が惹起され海綿体が充血し男性器が勃起する。同じく男性により性的興奮が惹起された女性器に粘液が分泌される。男性器を女性器に挿入し、精子を送り込み卵子に受精させ生殖させていた」
ミサキはまたむせ込みそうになりました。えらい医学的な表現だけどモロやんか。
「じゃあ、地球と一緒だね。楽しかった」
「あれは楽しい行為とされていたが、私は経験が無い」
「もてなかったの?」
「まあ、そうとも言えるが、少し違う。これも理由は不明だが、女性人口が減っていたのだ。さらに妊娠できる女性も減っていた。母星の滅亡は時間の問題になっていた。おそらくそうさせるある種の化学兵器の影響か、環境の大きな変化によるものだと考えてる」
母星の状況は半端じゃないぐらい良くなかったのはわかります。
「フィルのグループは大きかったの?」
「たぶん生き残っていたグループの中では最大級だったと思う。秘密研究所には失われた技術がたくさん残されていて、とくにエネルギー発生装置が健在だったのが大きかった。母星の中であれだけのエネルギー発生装置が動かせるグループはほとんどなかったと思う」
「他のグループが地球を目指す可能性は?」
フィルはじっと考えて、
「ゼロではない。戦乱の末の勝者はいるにはいた。あれを勝者と呼べるかどうかは疑問だが、唯一政府の姿を保っていたと言えるかもしれない」
「どこ?」
「独裁政府だ。かなりなんてものではない大被害を受けてるし、人口だって二十万人ぐらいと思うが、あそこは生き残っただけあって、かなりの技術が保持されているとされていた」
「独裁政府による再征服はなかったの」
「無理だ。とにかく汚染地帯は強烈で、そこを通り抜けることは困難だった。人口だってそれぐらいだから、とても広い範囲を支配するなんて無理だったのだ」
そっか、独裁政府も母星の再征服より、生き延びるための脱出の方が優先されるかも。
「では来る可能性があるの?」
「わからない、ただ・・・」
これはフィルの推測に過ぎないとしていましたが、あの秘密研究所は戦乱よりはるか前に閉鎖された可能性があるとしていました。長距離宇宙旅行は、相当な昔からほとんど行われなくなり、最後に行われたのが地球への星流しと見て良いとしています。
「母星は資源不足に苦しんだ時期があったみたいで、これをテクノロジーで克服して繁栄した時代を迎えたみたいだが、根本的な資源不足自体は残り、宇宙開発に使う資源が無駄と判断されたぐらいに解釈している」
研究所にあった断片的な記録では、各地にあった宇宙開発関連の施設は悉く閉鎖・破壊され、その研究所だけが将来に再び宇宙に出る時のために保存されたぐらいの見方です。そこから、余りにも年月が流れ過ぎ、いつしか忘れ去られていたのをフィルのグループが再発見したかもしれないとしています。
「でも、よく見つけたね」
「あれは偶然だったらしい。激しい攻撃で地中深くに埋められていた入口が露出し、これもちょうどうまい具合に入口部分が破壊されていたらしい」
「では独裁政府に宇宙技術はないかも」
「それはわからない。ただ、あの研究所の存在の記録が残っている可能性はある」
「まだ使えるの」
「かなり傷んでいるが、修理が可能ならば使えるかもしれない。問題は修理技術が残っているかどうかになる。それと原料になる資源の調達が可能かどうかもだ」
研究所には十隻分ほどの宇宙船を建造できる資源と、動力発生装置を動かせるエネルギーがあったそうだけど、荒廃した母星でこれを再調達するのは至難の業としてた。鉱山も戦略目標として徹底的に破壊されたみたいで、そこを再開発するのは汚染も強いためまず無理だろうとしていました。
「それと研究所の工作機械は優秀で、コンポーネンツ式にあちこちのパーツを自動的に作ってくれるのだ。それを組み立てて行けば宇宙船が出来上がるはずなのだが、動かない工作機械も多かったんだ。最初にここを見つけたグループの中には優秀な技術者もいたらしく、それなりに修理はしてくれたみたいだが、やはり完全には作動していないものが少なくなかった」
宇宙船自動生産システムみたいなものみたい、
「さらに年月が経つうちに故障する機械が増え、これの修理は難しく、他の動く工作機械の流用でコンポーネンツを作っていたんだ。でも完全じゃなかった」
「地球でも作れるかな?」
「無理だ。コンポーネントの中身の設計図はあったが、それを自動工作機械無しで再現する技術は母星にも既になく、コンポーネントに求められる機能に近いもので代用品としてた。だから実際に宇宙旅行を行うとトラブルが頻発した」
「よくそれで地球まで来れたねぇ」
「幸運だったのが船内の自動応急修理装置がオリジナルで搭載できたことと、ダメージ・コントロール・システムもオリジナルだったからと思っている。ただ、それも、もう修理しないと作れないし、修理も母星の現在の技術ではハードルが非常に高い」
コトリ副社長が、
「フィル、寂しいでしょ。一人ぼっちになっちゃって」
「最初は気が狂いそうだったが、今はかなり慣れた。地球の文明は母星の最盛期に比べると相当遅れているが、私が暮らしていた時代は、その残り滓で生き残っていたようなものなのだ。だから生活も慣れてみれば、それほど違和感はない」
「でも仲間は」
「みんな覚悟してた。宇宙船がどの程度の代物か良く知っていたからね。ただ、母星に留まっていても私たちの次の世代ぐらいまでしか生き残れそうになかったのだ。今はたとえ一人であっても生き残れて感謝している」
そうだミサキも聞いてみたいことが、
「フィルの本当の名前は?」
「いや、フィルで良い。母星で呼ばれていた名前は日本では使わない方が良い」
「でも、教えてよ」
「バカだ」
「なるほど。じゃあ、フィルって呼ぶけど、これから今の人格で行くの?」
「ああ、理由はわからないが戻れなくなってしまっている」
ん、ん、ん、コトリ副社長のあの目、どこかで見覚えがある。あの目は、えっと、えっと、えっと、そうだ思い出した! 小島知江時代にデイオルタスに溺れこんだときの目にソックリだ。副社長はその気かも、いやガチその気だ。
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