第25話 嵐のような人
……俺こと、橘理玖は自宅のリビングの光景を見て唖然としていた。
いつもは俺と陽菜と有彩の3人の憩いの場でもあるリビングに、見慣れない人物が……って俺はよく見知っているし、なんならこの部屋の元の主がそこにいたからだ。
「よっ、理玖。元気にしてたか?」
「
コンビニ行って帰って来たら自分の叔父がリビングに座ってました。どんなサプライズだ。
ていうかこの場所に座ってるのなんか見慣れないんだよなぁ。叔父さんの部屋なのに。
「いやーまさかビックリさせようとしてリビングに入った瞬間クラッカーを鳴らしたらまさか誰もいないとは思わなかったなー!」
うわっ、よく見たら足元にクラッカーの中身が飛び散ってる!?
「それ、普通にアウトだから。陽菜か有彩がいたら位1発で通報レベル。良かったね。先に帰って来たのが俺で」
「何っ!? でも、陽菜ちゃんなら俺の顔は分かるだろ!」
「……多分しばらく会ってない相手の顔をぱっと見で思い出そうとするよりも、スマホで警察に電話をかける方が早いと思う」
それにそれだと結局有彩だったらノータイムで通報されてたと思うし……。
「それで、お前1人か? 陽菜ちゃんとか、例の有彩ちゃんとかは?」
「俺たち一緒に住んでるからっていつも一緒に行動してるわけじゃないから。陽菜と有彩は多分服見に行ってる。昨日雑誌を読んであれがいいこれがいいって言ってたから」
「お前も行けばよかっただろ。両手に花。羨ましいねぇ」
「そうやって女性相手に鼻の下を伸ばしてるから両手に花どころか片手も埋まらないんじゃないの? いい加減1人に絞っていい人見つけなよ」
「おー言うようになったじゃねえか。こいつぅ!」
「やめっ、やめてって!」
俺の事があったから叔父さんは結婚なんて考える暇も無くなったんだし、俺が早く見つけろ、なんて恩を仇で返しているような発言だけど、前に叔父さんに俺の事があったからって言ったら本気で怒られた。
『自分がいなかったら俺が幸せになれた、みたいな言い方は2度とするな! 俺が自分でお前を育てるって決めたんだよ!』
それ以来、俺は叔父さん相手でも冗談を言うようになった。
まぁ、叔父さんが女性にだらしないのは割と本当なんだけど……。
「りっくーん! ただいまー! ちょっとドア開けてくれなーい?」
「ひ、陽菜ちゃん! 近所迷惑ですから……それに理玖くんが部屋にいなかったらどうするんですか!」
噂をすれば、2人が帰って来たみたいだ。
多分、買い物袋で両手が埋まってるんだろうな。
「じゃ、俺隠れとくから」
「いや余計なことせずに座っときなよ……」
この人さてはビックリさせようとしてるな? やれやれ、いくつになっても子供みたいな考えをする人だなぁ……この人がこうやって俺を笑わせてくれてたから寂しく無かったんだけど。
「ありがとー! いやー買い過ぎちゃった!」
ドアを開けて、陽菜たちの手から少し荷物をもらう。
うおっ、結構重いな……。
「ありがとうございます。どれも可愛いものばかりでつい」
「有彩はまだいいけど。陽菜、お前こんなに買って小遣い大丈夫か?」
「りっくん……人は、後悔を重ねて生きていく生き物なんだよ……」
「それを後悔と言うなら買わなければよかったのに」
遠い目をした陽菜の背中を押しつつ、リビングに。あー、叔父さん本当に隠れたのか……。
「んー……? なんか知らない匂いが混じっているような……?」
「そうですか? でも、言われてみれば……」
あー、分かるわ。普段嗅ぎ慣れてない匂いってすぐ分かるんだよな。なんか異物感がすごいって言うか。自分の匂いは自分で嗅ぎ慣れてるだけで分からないだけだからな。
「ほら分かっただろ? 隠れても無駄なんだって。もう出てきたら?」
声を大きめにしてどこかに隠れてるであろう叔父さんに聞こえるようにしたけど、叔父さんは出てこなかった。場が気まずさで支配される。
「どうしたのりっくん……何か変な物でも食べた?」
「んなもんお前が作った炒飯以来食ってねえよ」
「大丈夫ですか? 熱はないですか? 気分は悪くないですか?」
「そこまで心配されたらマジで凹むからやめてくれ」
叔父さんのことだ、どうせ呼んでるの気付いてわざと出てこないで俺の反応を見て楽しんでるに違いない。
「陽菜、実は達哉叔父さんが帰ってきてるんだよ」
「え!? 達哉叔父さんが!?」
「それって理玖くんの叔父さん、で良かったんですよね?」
「ああ。叔父さんサプライズとか好きだから2人が帰って来る前に驚かそうとしてどこかに隠れてるんだよ」
って言っても、この部屋で隠れられる場所は限られてる。陽菜と有彩の部屋には入るわけがないし、隠れてるなら俺の部屋かベランダだろうな。
とりあえず俺の部屋から見てみるか。
「……ってなんで寝てんだ叔父さん!」
部屋を開けるとそこには俺のベッドで横になって眠る叔父の姿が。
「おー……いや、最初は驚かそうとしてたんだが、ベッド見てたら眠くなってな。理玖が俺を呼んだ辺りから記憶が無い」
「そこはしっかり聞いてんのかよ!? だったらその時出て来いや! 俺が恥ずかしい思いしただろ!?」
「いや、ここで黙ってたら面白そうだと思ったらもうダメだった。それで睡魔に負けた」
くっ、この自由人め!
「もういいから……陽菜と有彩に顔見せたら?」
「あぁ、そうする。理玖、お茶を用意してくれ」
「はいはい」
俺は叔父さんと一緒にリビングに戻り、冷蔵庫から麦茶を取り出した。
コップも4人分用意しないとな。
「お久しぶりです! 達哉さん!」
「おぉ! 陽菜ちゃん! 大きくなったな! それに前よりも可愛くなったんじゃないか?」
「そんなことないですよー!」
「それでそっちの子が有彩ちゃんか。理玖から話は聞いてるぞ」
「は、はい! 竜胆有彩です! その、理玖くんにはいつも良くしてもらってて……とてもお世話になってます!」
「理玖ぅ。お前も隅に置けないな。こんな健気で礼儀の正しいべっぴんさんと一緒に住んでるなんてクラスの奴らが黙ってないだろ?」
「違う、クラスの奴らには黙ってるんだよ。何人かにはなし崩し的に話すことになったけど」
叔父さんたちの会話を聞きながら、俺はコップを4つ取り出して氷を入れていく。
「そうか。……ところで」
叔父さんが急に真剣な声を出したもんだから場の空気がピリッとしたものに切り替わったのが見なくても分かった。
一体何を言うつもりなんだ……?
「どっちが理玖の本妻だ?」
「「「えぇ!?」」」
あまりにも突飛過ぎる質問に俺は麦茶を注ぐことを放棄して、転がり込むように叔父さんたちの元に滑り込んだ。
「どっちも違うねぇ!? 何を急に言い出してんだよ!」
「何!? この2人じゃないのか!? それなら本命は別にいるんだな!?」
「それも違う! 2人とはそんな関係じゃないってこと!」
「なるほど。つまり付き合っても無いのに同棲だけはしてる身体だけの関係、ってことか!」
「言い方ァ! というか女子高生に向かってなんてこと言ってんだあんた! いい加減捕まるぞ!」
この人もう少し落ち着いてなかったっけ!? 少なくとも女子高生に向かって身体だけの関係とか言っちゃう人じゃなかったと思うけど……。
「理玖、それはそれで――本望だ」
「女子高生にセクハラ紛いな発言をして捕まるのが!?」
もうダメだこの人! 何が叔父さんをそこまで変えたって言うんだ!? その元凶に会って是非ともぶん殴りたいね!
「なんか叔父さん、性格変わってない?」
「違う。戻ったんだ。子供が小さい内にそんな下ネタを言う奴がどこにいる。でも、お前も大きくなったからな……これで思う存分解放出来る!」
「出来ればそれは解放せずに心の内にずっとしまっておいて欲しかったんだけど!?」
くそっ、でも俺を育ててくれた恩人だし尊敬の念が全く揺らがねえ! なんか悔しい! こうはなりたくないけど!
「さて、と冗談はさておき真面目な話に戻すか。理玖、お前に1つ聞きたい事がある」
「な、何?」
「お前……巨乳と貧乳どっちが好きなんだ? お前の部屋にどっちの趣向も伺える本とDVDがあったから、気になってるんだが……」
「さっきまでの質問と大差ねえ! というか真面目な話に戻してこの話題が出てくるのが大問題だ! ってかなんで人の部屋の隠し場所をピンポイントで見つけてんだよ!」
ふざけててさっきまであれだったの!? 俺には真面目な話題との区別が全くつかないんだけど!? 大きいのも小さいのもどっちも好きだよちくしょう!
「そうだよりっくん! 大きい方が好きなんだよね!?」
「いえ、小さい方ですよね!? 信じてますから!」
「なんでお前らもそっちに加担してんだよ! 俺の性的趣向なんて知ってどうするつもりだ!? 弱みを握ろうとしてんのか!? そうはいかないからな!」
「だはははっ! あー面白っ!」
「確信犯かあんた!?」
それでもなお、尊敬の念が揺るがねえ! 俺って前世忠犬かなんかだろ!
「……はぁ。それで、叔父さんはどうして急に帰ってきたの?」
「ああ。それな。本当ならGWに帰ってくる予定だったんだが、お前ら旅行に行くって話だっただろ? だから、仕事が落ち着いたこのタイミングで帰ってきたってだけだ。大事な息子と一緒に住んでる子たちを一目見ておきたかったってのもあるな」
「そう、なのか……」
やべっ……なんか、息子って言われて少し泣きそうだ。
「いい子たちじゃねえか。陽菜ちゃんなんか昔よりもずっと可愛くなったし、お前の事ちゃんと見てくれてるみたいだし、有彩ちゃんも話に聞いてた通りのいい子だ。お前の元気そうな顔見れて安心したよ」
「ああ。本当にな。叔父さん今日はどうするの? すぐ帰るのか?」
「まあ顔を見に帰ってきただけだしな。仕事もあるし。今日は流石にこの近くにホテルを予約してある」
「そんなことせずにここに泊まればよかったよね? ここは叔父さんの家なんだから……寝る場所なら俺の部屋で寝ればいいだろ」
「……お前が寝たい相手ってまさか……俺?」
「真面目な話してる最中に急にぶっこんでこないでよ! 普通に女性が好きだ!」
口を空けて大きく笑う叔父さんを見ながら、ため息を吐いた。
「それに、ここはもうお前たちの家だしな」
「いや、それは……」
「いいんだよ! 家主の俺がそうだって言ってんだから! じゃ、俺はホテルに行く。次は夏休みぐらいに帰ってこられると思う」」
「分かった。また連絡するから」
「おう!」
叔父さんは荷物を持って、リビングを出る。俺たち3人は見送る為に叔父さんの後を追って玄関を出た。
「じゃあな!」
背中越しに片手を上げた叔父さんがエレベーターに向かって去っていく。
なんだか、急に来て去っていく様はまるで嵐のようだった。
ドッと疲れたような気がしてならない体を引き摺って、俺たちはリビングに戻る。
「あの、ところで理玖くん」
「なんだ?」
「結局……理玖くんは大きいのと小さいの……どっちが好きなんですか?」
「あ、そうだよ! まだ聞いてない!」
「その話題に戻るか!? というか女子からそっち方面の話題を振ってくるのってどうなんだ!?」
なんかこいつらこういう性的なことが絡んだら妙にアグレッシブになる気がする! 世間一般の女子って皆こうなのか!?
「いいから! 早く答えてください!」
「答えてくれるまで今夜は寝かせないからね!」
「そのセリフはもっと別の場面で聞きたかったわ! 絶対言わねえからな!」
俺の叫びが部屋にこだました。どうやら、まだまだ嵐は去ってくれそうになかった。
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