第5話 お金と一緒に何かを失ったお話
「……あ? ……なんで俺、ソファで寝てたんだっけ?」
なんか、重要なことを忘れてる気がするが……寝起きの頭で考えてもぼうっとするだけだな。
……とりあえず、シャワーでも浴びれば頭もスッキリするよな。
ソファから無理矢理体を起こし、眠気で重い体を引き摺って脱衣所の扉を開ける。
「――へ?」
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、こっちを驚いた目で見つめ返してくる一糸纏わぬ姿の黒髪の少女だった。
見ただけで分かるきめ細やかな肌に、すらりと長いが決して細すぎない程よい肉付きの足から、丸みを帯びた女性らしい太ももからお尻にかけてのライン。
くびれは細く、本当に内蔵とかちゃんと入っているのかすら心配になるレベル。
そして、大きくはないが、形のいい双丘の先端、綺麗なピンクが……って!?
「うぉぉぉぉぉおおおおおおお!? ごめん!!」
この間、僅か5秒にも満たない。しかし、初めて見る、生の女性の裸はしっかりと網膜に焼き付いてしまった。
そして、俺史上ここまで高速で扉を閉めたことはない。
そうだった!! 昨日から竜胆と陽菜が家に住むことになってたんだった!!
「あ、あの……理玖くん……」
扉が開いたと思ったら、中から髪が濡れたままの竜胆が出てきて……いやいやダメだ!! 顔合わせられねえ!!
「理玖くん? あの……私なら――」
「竜胆の言いたいことは分かった……」
「へ? あ、そ、そうなんですか?」
「あぁ、要するに……」
俺は窓を開いて、竜胆の方を振り返る。
「――俺がここから飛び降りればいいんだろ? お安い御用だ」
「違いますよ!? どうしてその発想に至ったんですか!?」
「わざとじゃないにしろ、女子の裸を見てしまったんだ!! 俺にはこうすることでしか責任は取れない!!」
「理玖くんの考え方は武士のそれですよ!! 私なら気にしていないので戻ってきてください!!」
後ろから抱き着かれ、竜胆の胸が背中に……やっぱダメだ!! どうやってもさっきのアレが頭をよぎる!!
「それで……あの、へ、変じゃありませんでしたか?」
「――控え目に言って、最高だった」
「そ、それはありがとうございます……」
いや、正直に答える必要なかったよな!? なにやってんだ俺!!
「竜胆……お詫びと言ってはなんだけど、俺に出来ることがあるなら何でも言ってくれ。1つだけ言うことを何でも聞くから」
「な、何でもですか!?」
「おう、死ねって言われれば死ぬし、切腹しろって言われればそうする」
「どうして命を落とす方面ばかりにいくんですか!?」
いかんいかん、つい和仁たちと同じような感じで接してしまう。
竜胆はそんな人じゃないだろ。
あのクズと一緒にすること自体がおこがましい。
「そ、そうですね……今はまだ思いつかないので、保留でいいですか?」
「分かった、なんかあればすぐに言ってくれ」
「おはよぉ~……有彩ぁ~、りっくん~」
そんなことがあったとはつゆ知らず、陽菜が寝癖の付いた髪と寝ぼけ
今日はこれから大型のアウトレットモールに買い物に行く予定だ。
「ほら、竜胆は早く髪乾かさないと風邪ひくぞ。陽菜はとっとと眠気をこそぎ落としてこい」
ハプニングはあったけど、こうして俺たちの1日が始まった。
♦♦♦
「着いたぁー!! いつ来ても大きいねぇー」
「そりゃここまでの規模のはそうそうないだろ」
電車で揺られること、数十分。
俺たちは目的地であるアウトレットモールに辿り着いた。
休日ということもあって、たくさんの人で賑わっている。
人混みが苦手な人間にとってはまさに地獄のような光景だろう。
「それで、ここからどうするんですか?」
「個別に行動して必要な物を買っていくんでいいんじゃないか?」
「えー? せっかく3人で一緒に来てるのに?」
「いやいや、学校の奴らに見られてみろ。ただ俺が二股かけてるクソ野郎って判断下されるだけだぞ?」
「たまたま会って一緒に行動してるだけってことにすればいいんじゃないですか?」
「そうだよ! あたしがりっくんと一緒に来てて、たまたま有彩に会って一緒に回ろうって言ったことにすれば大丈夫だよ!」
俺たちはそれでいいかも知れないけど、周りから見たらそう思われないのが面倒なとこなんだよなぁ……。
絶対変な勘繰りが入るだろ……まあ、陽菜と竜胆がもうその気だし、否定してたらどんどん時間が無くなるし、これでいくしかないか……。
そう思っていた矢先だった。
「おっ、理玖君に陽菜ちゃんに竜胆さんじゃん!」
突然名前を呼ばれたことで、肩がびくりと跳ね上がった。
「……なんだ、柏木か。脅かすなよ……」
「なるちゃん、おっす!」
「陽菜ちゃんおっすおっす! 竜胆さんも!」
「え、えっと……お、おっす、です」
「うん! おっすおっす!」
彼女は
150後半の標準的な体系に、ポニーテールで男女分け隔てなく仲がいいタイプ。
バスケ部期待のスーパーエースだ。
「買い物か?」
「うん、休日だしね! そっちはなんか珍しい組み合わせだね!」
「あたしとりっくんで来たんだけど、たまたま有彩に会って一緒に行こうってことになったの!」
「あれ? 陽菜ちゃん竜胆さんのこと名前で呼んでたっけ?」
「こ、この間話してたら仲良くなったんです!」
聞いてるこっちがハラハラする……柏木って勘が鋭そうだから、下手な発言はNGだ。
「ん~? なんか怪しいなぁ? 本当はもっと大事なこと隠してたりして~?」
「いやいや、名前で呼び始めたぐらいで何をバカなことを言ってるんだよ」
「だよね~! 私も有彩ちゃんって呼んでもいい? 私のことも鳴海でいいからさ」
「は、はい……どうぞ鳴海さん」
「も~固いよ? なるちゃんでもいいんだぞ~?」
「す、すみません。慣れていないものですから……」
ころころと鈴が鳴るような涼やかな笑い声を上げる柏木。
こいつのパーソナルスペースは一体どうなっているんだか……。
「おっと、じゃあ私はそろそろ行くね!」
「おう、また学校でな」
「なるちゃんバイバイ!」
「さようなら、鳴海さん」
「うん! あ、そうだ! 理玖君。さっき桐島君たちもいたよ! もしかしたら会うかもしれないね! じゃあね!」
……え? なんて言った? 今なにかとんでもない爆弾を落とされたような気が……。
「桐島君たちもいるって言ってましたね……」
「悪い、やっぱ俺だけ別行動でいいか?」
「ダメだよ、荷物持ってもらわないといけないんだから!」
この瞬間、ただの買い物はかくれんぼを含んだ超絶スリルのあるスニーキングミッションに切り替わってしまった。
やっぱ神様俺のこと嫌いだろ!?
♦♦♦
「……なんとか、見つからずに買い物出来たな」
「そうですね……これで全部です」
「あ……あたし個人的な買い物があるから、あとで合流しようよ」
「なんでだよ、ここまで付き合ったんだから最後まで付き合うって」
「いいから! 本当、それはいいから!」
「あっ、2人とも!?」
猛スピードとは言わないが、俺を振り切ろうとする速度で小走りで駆け出す陽菜。
当然、ここまで付き合わせておいていきなりあとで合流なんて言われても納得のいかない俺は追いかけて並走する。
「おい陽菜! 待て! ここまできたら1つ2つ荷物が増えても変わらねえだろ!? 何買うんだよ!!」
「あーもうっ! 下着を買うの!! それでも本当に着いてくるの!?」
「俺ちょっとこっちの方見てるわ!」
ちょうど曲がれる場所で華麗に鋭角ターンを決めて、陽菜との並走を断念。
あのまま着いて行ってたら俺はきっと下着屋に女と並走して入ったド変態として扱われていたことだろう。
……ゲッ!? アレは!?
曲がった先ではちょうど和仁を含むクラスメイト数名がこっちに向かって来ているところだった。
話に夢中でまだこっちには気が付いていないが、時間の問題だ……今のうちに引き返して……
「もうっ、理玖くん! いきなり走り出すなんて酷いですよ!」
「ダメだ逃げ道が失われた!? り、竜胆!! こっち!!」
「え!? ちょっと!?」
慌てて竜胆の手を掴んで、下着屋に飛び込んで、竜胆を更衣室に押し込む。
「理玖くん!? 一体何を!?」
「いいから! 今は静かにしておいてくれ! 和仁たちが近くにいるんだ!!」
俺は店員に怪しまれないように、彼女の下着を選びに来た彼氏の振りをして、そこらにあった下着を適当に掴む。
「おい、あれ……橘じゃね?」
「本当だ……あいつなんて女性用の下着屋にいるんだ……?」
「まさかあの野郎彼女でも出来たのか!? 高嶋さんか!? それとも竜胆さん!? どっちにしろぶっ殺す!!」
「おい理玖!! お前なんで女性用の下着なんか持ってるんだよ!? 彼女用か!? 羨ましいからここでくたばれや!!」
殺意の高い連中に見つかってしまった……あのまま気づかずに通り過ぎてしまえばよかったものの……!
この状況は本当にマズイ! 恐らく試着室には陽菜がいるし、後ろには竜胆が隠れていて、俺は下着を手に持っている……この状況を打破出来る言い訳を考えろ……!
……そうだっ! もうこれしかないっ!!
「――こ、この下着は俺が使うものだ!! 店員さん!! 俺に合うサイズを見繕ってください!!」
「お客様!?」
お店の中にいた店員と女性のお客さんがざわめきだす。
「まさか……橘にこんな趣味があったなんて……」
「わ、悪かったな理玖。なんか嫌なことあったらすぐに言えよ? 話ぐらい聞いてやるから……」
「も、もう行こうぜ……やべえよ、あいつ」
和仁含むクラスメイトが恐ろしいものを見たような顔をして、足早に去って行く。
……ふうっ、なんとかなったな。
「あの……お客様? お客様のサイズだとちょっと判りかねると言いますか……本当にご購入されるんですか?」
「――失礼しました」
俺は下着を元あった場所に返し、すぐに店を立ち去った。
無事に買い物を終えて帰ってきたものの、なんだかとても大事なものを失ってしまったような虚無感がある。
竜胆と陽菜はなんだかよそよそしいし、俺はとんでもない間違いを犯してしまったのかもしれない。
後日、クラスで女装趣味の変態という噂されることになるのはまた別のお話。
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