雨の降る日はどこにもいかない

じゃー

第1話

雨と聞いてみんなは何を連想するだろう。


湿気がすごい、濡れる、移動が面倒、荷物が増える、髪型が決まらない。

色々あるだろうが、あまり良い印象がないのではないだろうか。

そんな印象の中、恵みの雨と称されることも知識としては知っている。

しかし、どうも馴染みも実感も湧かない。

どうしてもマイナスイメージを拭いきることは出来ない。圧倒的にメリットが足りないのだ。

理論と感情は一緒くたには出来ない。


――だから、俺は雨が嫌いだった。



何故過去形なのかというと、本当に昔は嫌いで今はそれほどでなったからだ。

個人的実感の上でならメリットを思いつくというか、雨の不快感も気にならないというか……。


雨という単語を聞くと、俺は自然と彼女の事を思いついてしまうだろう。

それぐらい彼女と雨は切っても切れない関係なのだ。



◆◆◆



小学生のいつだっただろうか。

雨が降り続いていた時だったから梅雨だったのかもしれない。

昔は活発であった俺は休み時間も放課後も外で遊ぶことが多かった。

グラウンドでサッカーでも野球でもいい、思いっきり体を動かしたいというのにそれが叶わず降り続ける雨。

これが雨が嫌いになったささやかな出来事。

きっかけなんて基本的にしょうもなかったりするもんだ。

小学生の思考回路なんてこんなもんだろう。


「今日もかよ……」


思わず独りごちる。

その日もいつもと変わらない。外で遊べないのでまっすぐ帰るという選択肢しか持ち合わせておらず、ダラーッと下駄箱へと足を向ける。

その間の思考といえば、現実逃避という名の最後の抵抗を試みているところだった。

急に雨がやんでグラウンドが乾いてサッカーできないかな、と。叶うわけもなかった。

自分の下駄箱から運動靴を取り出して、今履いている上靴を投げ入れるかの様にドンッと音を鳴らしながら押し込む。

滅入る気持ちはあるが、雨の天敵ともいえる傘を差し、頭上に掲げる。

打倒、雨。武器はビニール傘一本のみ。

校舎から一歩踏み出しただけで、派手な音をたてながら傘と雨の鍔競り合いが行われた。

その結果の犠牲というべきか、足元はけっこう濡れるんだよなと思いながらも、少しでも犠牲を減らそうと早足になる。

そんな馬鹿な事を考えている時、視界の延長線上に捉えたのはあるクラスメイトの姿だった。


クラスでも目立つ方ではない女の子。名前は確か……日生(ひなせ)だったか。

喋ったことはおろか、声すら俺は聞いたことないかもしれない。

その彼女が雨の中、傘を差すこともせずに、あまつさえ合羽も着ていないのだ。目立つに決まっている。

誰かが彼女に話かけることもない。ただ、少し注目するだけ、関わろうとしない。

そんな中、彼女は呆然と雨の中を立ち続けている。

かく言う俺も、「なにしてんの?」と不躾でも話しかけるわけでもなく、ただひたすらにその後ろ姿に怪しげな視線のみを送り続けた。

そんな彼女を横切ろうとした時、横目で見た彼女の表情に目を惹かれた。

実際はどっちだったのか知らないし、確認もしていない。

でも、雨に打たれ続ける彼女の姿が俺には泣いている様に見えて、思えてしまった。


彼女の表情に惹かれ、不自然な場所で立ち止まったのだから当然彼女と目が合う。

弱々しいとはいえ、彼女の瞳から目を逸らすことは俺には出来なかった。

何か言い訳をとも考えるが、小学生の思考でそんなものパッと思いつかない。

いや、今でもそうなのかもしれない。動揺は思考を停止させてしまう。

その点、若者の利点というかなんというか、後先考えずに勢いで言葉を発せられるのはとてもいいことである。

つまりは、その時の俺も例外なく、そういう言葉を発せられるわけで。

発してしまったのだ。


「な、なにしてんだよ。暇なら一緒に遊ぼうぜ!」


それが俺と彼女の出会いであった。

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