第25話

砂の海


 どこまで行っても何もない。

日に照らされ、甲板に座り、ただ無為に流れていく時間。

乗り組む者たちもまた、黙ったまま、ただひたすら座り続ける。

動力もなく動き続ける船。砂の流れに任せて、目的地も定かでないままに。

 砂の流れ…

 どこへ向けて流れていくのか。

 なぜ流れているのか。

 乗り組む者たちは、あてどもなく、この砂の海に、船を浮かべているのか。

 疑問の言葉が頭の中を駆け巡る。

 けれど、それを口に出す気力もない。

 もとより、それに答える者など居はしない。乗り組む者は語らない。

 唯一何かを答えてくれそうな、女…しかし、彼女は、日の出ている間は死んだように眠っている。

 それが、「砂人」の血なのだろうか。

 砂の海で何千年…もしかしたら何万年もの間、生きながらえてきた者たちの継承された血脈。

 夜が来て、朝が来て、また夜が来る…

 船は進み、時に「砂人」を拾い、うろを見つけては水を汲む。

 女は、砂人が拾われても、特に何もなく、多くは、我関せずと眠っている。

 砂人とは、そういう者。山人にとっても、船に乗り組む者にとっても、そして、砂人本人にとってすら…

 船は進む。

 幾たびの昼、幾たびの夜…

 やがて遠くに峰をいただく港街を望む。

 誰に導かれる訳でもなく、船は別の港…別の島(くに)に辿り着く。

 それが定めであるごとく、それが道(ながれ)であるごとく。

 私たちは船を下りる。

 見知らぬ街の見知らぬ人込みの中へ。

 道行く人々は私の知る島(くに)の「山人」と同じ…けれど、違う。

 その衣服が、その振る舞いが、そして、その匂いが…

 それが島(くに)の違いというものか。

 私たちは、旅で疲れ果てた体を、市都(まち)の市の立つ広場の、その一隅に休める。

女が、あたりの露店で飲み物と食べ物を手に入れてくる。

久しぶりの食事らしい食事に、私たちは人心地つく。


しばらく休んだ後、体に鞭打って、私たちは当て所なく街を歩く。

 露店を覗き、路地裏を巡り、海辺の回廊を彷徨う。

 道行く人々の話す言葉は概ね理解できる。

 多少の抑揚の違い、僅かな言い回しの差。

 女は、時折、行き違う人、店に立つ人に道を尋ねる。

 しかし、皆、訝(いぶか)しそうに女を見、一様に知らぬ、分からぬという様子を見せる。

 ほどなく日が暮れるだろう。

 私たちは、いずれにしても、市都を行き交う誰かに当たりを付け、目指すものへの道筋を見つけなければならない。


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