第18話

梃子(てこ)


 私は、女を振り返った。女もただぼんやりと傍観しているだけ。自分には関係ない…そう、女には関係ないこと。

 私は、素早くあたりに目をやった。何か家具を動かすのに使えそうなものは…素手で、一人で動かすにはその家具は大きすぎる。

 男は下敷きになった子供のことなど構わずに、家具の様子をのんびり確認しながら、子供たちに、家具をもう一度運ぶように指図している。子供たちはのろのろと家具に手を掛けるが、なかなか間合いが合わずに、うまく持ち上がらない。その度に、家具の下で下敷きになっている子供の体がよじれる。

 近くに小ぶりの立ち木を見つけた私は、迷わずそれに体当たりを食らわす。土地の痩せた山肌に生える植物は根が浅い。立ち木はひとたまりもなく私もろとも地面に横倒しになる。

 私は、根こそぎ立ち木を担ぎ上げると、そのままその端を家具の下に差し込んで、傍らに突き出ていた岩を軸に、立ち木をてこにして、力を込めた。

 家具の重みで立ち木がしなる。

 私は構わず力を入れる。

 少し浮き上がる重い家具。

 私は立ち木に体を預けて全体重を乗せる。

 男も子供たちも、ただぼんやりそれを眺めている。

 浮き上がった家具の下から、誰か下敷きになった子供を引き出してくれないか…

 私は力を込めながら、女を振り返る。

 無表情に見つめている女。私が何をしようとしているのかまるで理解していない。

 私は言う「子供を助けろ!」。

 女は理解しない。

「子供を引きずり出せ!」

 立ち木は反り返って、今にも折れそうだ。

「早く!」

 女は私と下敷きなった子供を交互に見つめると、すっと私の横をすり抜け、跪いて、下敷きになった子供を浮き上がった家具の下から引きずり出した。

 その途端、重さに耐えかねた立ち木は鋭い音と共に裂け、家具は土埃を上げて再び地面に落ちた。

 私は引きずり出された子供に走り寄る。 

 地面に横たわった子供は、目だった外傷はないものの白目をむいたままぴくりともしない。

 私は子供を抱きかかえると、女に言って手当ての出来る者のところへ案内させる。 

 その場に残された者たちは何事もなかったかのようにまた作業を始める。

 

 寝台の上に子供を寝かせ、女が指図して手当てする者が怪訝そうに処置を施す。

ほどなく子供は意識を取り戻す。

見た目はとりあえず大丈夫そう。

私は女にあとを任せると、また庭園へと引き返した。


 庭園では、あいかわらず子供たちがゆっくりゆっくり家具を運んでいる。

 その様子はどうにも危うい…いつまた、同じように家具の下敷きになる者が出るやも知れない。

 私は、子供たちを指図する男を呼び止めると、家具を地面に下ろさせるように言った。



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