第17話

「人」


私は、その後、毎朝少しだけ早く起き、窓から身を乗り出しては、王宮から峰の裏へ伸びる道を注意深く眺めるのを日課にした。

ほぼ毎日、小さな人影が、ゆっくりゆっくりと道を下ってくるのが見える。

その時間に峰から降りてくるには、まだ日も昇らぬ、あたりが闇に沈んでいるうちに、王宮から峰に登り始めなければならないに違いない。

私の心は少し痛む。

自分の平穏な暮らしは、誰かに…様々な人に支えられているからこそ成り立っていることなど、言われるまでもなく分かっている。

にもかかわらず、こうして目の当たりに自分より弱いと思われる者…実際に肉体的に弱いかどうかは別としても…その弱い者によって、何もしない自分の日々の生活が支えられているというのは、「人」として納得がいかない。

しかし、私に何が出来るというのだろう。代わりに毎朝氷を取りに峰を登るか…いいや、もとよりそれすら出来ないからこそ…王宮の「山人」たちがそう判断したからこそ、私はこの王宮で何もせずにいることが出来る。もちろん、実際に、それすら本当に出来ないのだろうけれど…

私は、彼ら…「山人」にとって、いったい何なのだろう。背丈ばかり伸びた力のない「砂人」の子供…それとも、出来損ないの大人の「砂人」。言葉を喋る育ち損ないの役に立たないただの「砂人」…


私は、早起きして、氷取りから戻る子供を眺めるのを、やめた。


その日、私は女と共に王宮の中庭を歩いていた。

「砂人」の子供のことを話題にしたいと思いつつ、敢えて話さずとも、女から返ってくる答えが、はなから分かっているようで、口に出来ずにいた。

いつものとおり、ほとんど人気のない庭園を、無言のまま歩く私たち。

と、珍しく人の声が聞こえる。

声高に、何かを命ずるような、号令のような声。

植え込みの向こう、中庭のちょうど角の所から掛け声は聞こえてくる。

私たちは、植え込みを回る。

建屋の外れで、「砂人」の子供たちが、「山人」の命令で重そうな家具を渡り廊下から下ろそうとしている、別棟へと運ぼうとしている。

一つの家具に、一、二、三…八人もの子供が群がるように取り付いて、その運ぶ姿はいかにも危なっかしい。

よろよろとしながら、何とか渡り廊下から中庭に家具を運び下ろす子供たち。

どうやら、それを中庭を横切って別棟まで運ぼうとしているらしい。

掛け声に従って、そろそろと進む子供たち。

と、その時、一人の子供が、何かに足を取られたのかバランスを崩してよろめいた。はずみで別の何人かの手元が狂い、家具は大きく傾いて、そのまま植え込みの中に倒れこんだ。

私は思わずそちらへ駆け寄る。見ると子供が一人、家具の下敷きになっている。しかし、「山人」の男も、子供たちも別段慌てる様子もない。

私は怒気を込めて、男に子供を助けるように詰寄った。しかし、男は私の勢いに少し困惑した様子を示すだけで、まるで動こうとはしない。子供たちも同様。

私は思い出していた…砂の海で、うろに水汲みに降りた「砂人」がそのまま戻ってこなかった時のことを。

船に乗り組む者はおろか「砂人」の仲間ですら、平然とその者をうろの中に置き去りにしたのではなかったか。

そう、もとより「砂人」は「人」ではないのだから。



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