私の夢
逢雲千生
私の夢
田舎から都会に出て来て三年が経った。
大学を出て、良い会社に入って、そして寿退社するのが夢だったのに、どうして私はこんな場所にいるんだろう。
生まれてから一人暮らしをするまで住んでいたところは、娯楽といえば野山を駆けまわることくらいで、近所の男の子達に混じって遊んでいた時期もあった。
中学校に上がると知り合う人も増え、違う村や町に住む人達と友達になった。
そうなれば興味も変わっていく。
泥まみれになって遊び回っていた私は、中学校で知り合った女の子達の話から、初めて創作というものに興味を持った。
漫画やアニメ、ゲームといったものが主流で、友人になった彼女達に勧められるまま借りていき、勉強と部活の合間に楽しみを増やしたのだ。
のめり込むほどではないにしろ、これまで感じたことのない高揚感がとても楽しかった。
高校に上がると仲間が出来た。
これまで知り合ったのは、読んで観るだけの人達ばかりだったけれど、今度は自分で創作する人達だった。
三年間、偶然にも同じクラスになった女の子はアニメーターに、部活で知り合った女の子は脚本家に、そして高校二年の時に付き合った男の子は漫画家になるのが夢だと言っていた。
それぞれが専門学校に進学して、今でも付き合いは続いているけれど、男の子との関係は友達に戻ってしまった。
高校の時に出会った彼女達の影響か、それまで見るだけだった私も何かをしたいと思うようになり、親に内緒でイラストを描くようになっていた。
凝ったものでもなく、適当に描いた落書きでもなく、中途半端と言えばそうだけれど、机の上にはイラスト用のシャープペンとノートを置くようになり、空いた時間に少しずつ描くようになった。
最初は、お世辞にも上手ではなかったけれど、描いていくうちに上達したのか、高校で知り合った創作仲間達から褒めてもらうことが増えていった。
それが嬉しくて、描き続けるうちに、とある考えが浮かんだのだ。
私もイラストレーターになりたい。
そう思ったら一直線で、どうしたらなれるのかと調べまくり、進学する大学も見直し始めていたのだ。
良い大学、良い会社、良い結婚。
その三つを夢に歩んできた私の人生で、初めて違う考えが出て来た瞬間だった。
さすがに専門学校は親が許さないし、大学のランクを下げてイラストに専念するには不安の方が大きくなる。
いくら景気が良くなってきていると言っても、いつ何が起こるかわからないからだ。
勉強はしているので、元から目指していた大学には合格できそうだけれど、イラストレーターになって一生食べるのに困らないかというとそうではない。
ここ数年で創作に関わる分野は急成長し、友人達が夢だと言っている職種の競争率も上がってきている。
私がなりたいと思っているイラストレーターだって、大学を卒業する頃にはとんでもない倍率になっている上に、会社勤めにしろフリーにしろ、どちらをとっても有名になって稼ぐには厳しすぎるだろう。
親にはまだ話していなかったこともあり、イラストレーターをやりつつ別の仕事に就けるようにと、私は予定通りの大学に進学したのだった。
大学は実家から遠いため、両親と話し合って一人暮らしを許してもらった。
女の一人暮らしなんて、という父の反対はあったけれど、毎日二時間以上もかけて通学はしたくなかった。
社会人になるまでの四年間は、自分の好きに生きたかったのだ。
高校卒業後、中学校時代の友達とは連絡が途切れたけれど、高校時代の仲間達との交流は続いていた。
アニメーターになると言っていた
脚本家になると言っていた
彼女は夢を諦めたわけではなく、最近増えてきたアルバイトの保育士をやりつつ、脚本を書いてはテレビ局などに送っているらしい。
漫画家になると言っていた元彼の
どこの出版社かまでは話してくれないけれど、今の彼女が応援してくれているらしく、幸せいっぱいの顔で大学生活も楽しんでいるようだ。
三人とも夢を見続けて、夢に向かって進んでいるのに、私は将来について悩み続けている。
入るのが夢だった大学は楽しい。
新しい友達も増えたし、サークルに参加して創作仲間も増えた。
勉強も順調だし、単位も出席日数も足りているので、留年することはまずないだろう。
時々は実家に帰っているし、たまに幼なじみ達とも会っている。
なのに悩んでいるのだ。
その悩みの元が、卒業後にどうするかというもので、大学も三年目になると就職活動が始まってくる。
早い人だと、もう就職先が内定している人もいて、四年生になる前に、ある程度、就職先を絞る人も増えてくる。
大学で親しくなった人達も就職に向けて考えを変えていて、これまで以上に自分の夢を見直さなければならなくなってしまったのだ。
幼い頃からの夢を叶えるのであれば、自分が希望していた会社に入ることは出来るかもしれない。
大学で良い雰囲気になった男性とも交流は続いているし、就職してからだって恋人は出来るかもしれない。
ずっと勉強してきたおかげで選択肢は増えているけれど、その一方で、別の夢が頭に浮かんでくるのだ。
普通の就職か、イラストレーターか。
一番良いのは、どこかに勤めて給料をもらいつつ、趣味か副業でイラストを描き続けることだ。
大学に入ってからも、趣味としてイラストは描き続けている。
大学の創作仲間と一緒に描いては、ネット上にアップして反応を待ったりもしたし、仕送りだけでは苦しい時には、期間限定で有料配信なども行っていた。
そこそこ良い反応をもらっていたこともあって、それなりの稼ぎにはなったけれど、生活していくには厳しい金額だった。
もっと本格的に活動したとしても、私くらいの技術を持つ人はごまんといる。
むしろ、上手な人と比較されて、凹むことの方が多いくらいだ。
それでも、私の作品が創作の場で認められるのは嬉しかった。
こういった分野の人は、昔から馬鹿にされたり非難されたりすることの方が多かったけれど、今では専門学校まであるくらい認められてきていて、それが嬉しかった。
創作仲間も増えて、好きなことをしても責められない環境は心地よいけれど、このままイラストを描き続けるならば、考えなければいけないのが就職だ。
美奈子や陽子のように親の支援が受けられるならば良いけれど、高也のように親の反対を押し切ってまでイラストレーターになりたいのかといえば、そうでもない。
なれればいいなあ、くらいの考えでここまで来た私にとって、イラストを描くという事は、イコール、イラストレーターに絶対なる、ということにはならないのだ。
描くのは楽しいし、ネット上であっても交流が増えるのは嬉しい。
私の作品を見て評価してくれて、コメントをもらったときは嬉しくて眠れなかった。
新しい作品を描くたびに、部屋に道具が増えた時期がある。
アナログのままスマホで撮ってはアップしていたけれど、見にくいというコメントをもらったので、安いスキャナーを買った。
絵が古くさい色だと言われた時は、バイト代を貯めてペンタブを買った。
イラストの処理が出来ない時は、これまで以上に高性能のパソコンだって買った。
資料用に集めた書籍が部屋を圧迫したときは、友人達に頼んで、もっと広い部屋へ引っ越しだってした。
当然、生活も圧迫したけれど、それでも後悔は無かった。
それら全てを捨ててまで、子供の頃からの夢をとるのか。
そう考えたら、なんだか淋しくなったのだ。
良い大学を出て、良い会社に入って、寿退社をする。
ドラマか何かを見た私の子供からの夢は、いつの間にかイラストに押しつぶされて霞んでいた。
このままイラストが描き続けられたらいいなあ。
美奈子達みたいに、自分の夢に真っ直ぐ向き合えたらいいなあ。
身近な人に認められる好きな仕事がしたいなあ。
心の声を上げれば切りが無いけれど、それくらいイラストを描くのが大好きになっていたのだ。
どうしよう、どうしようと悩んでいるうちに、時間だけが過ぎていく。
就職するなら、早めに就職先を絞って活動を始めた方が良いし、イラストレーターになるなら、勤めるかフリーになるかを決めて行動し始めた方が良い。
けれど、どちらもやりたいとは言えない。
まだ親にも話していないし、将来の見通しだって立っていない状況なのだから、そんな話をすれば反対されるのは必至だ。
普通の会社員になれば、少なくとも生活には困らないだろうし、貯金だって出来るだろう。
イラストレーターになれば、好きなイラストを描いて暮らせるだろうし、上手くいけば高収入も見込める。
だけれど、会社員になったら自由な時間は無くなるだろし、通勤や人間関係にも不安が出てくる。
イラストレーターになったなら、収入が安定しなくて生活は苦しくなるだろうし、フリーになったら全て自分でやらなければならなくなる。
安定を求めるか、それとも自由を求めるか。
その狭間で悩む私は、求人募集の冊子を広げながら、今日もイラストを描くのだった。
私の夢 逢雲千生 @houn_itsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます