舌切りスズメによるつづら的パラドックスの臨床実験

ちびまるフォイ

それ以上俺を悩ませるとその舌切るぞ!

スズメのお宿でたいそうもてなされた男は、帰り際に二つのつづらを差し出された。


スズメは小さな箱にこしかけると、それまでの慎ましさはどこへやら。

箱に座って男を見下ろす姿は完全に主従関係が逆になっていました。


「で、だ。スズメのお宿として用意したわけだが……」


「くれるんですか!?」


「もちろん」


男は目の前に置かれた大きなつづらとさなつづらを見た。


大きなつづらには紐がきっちりしばって封されている。

対して、小さなつづらにはフタがない。


中をのぞくと、100万円が小さなつづらの中に入っていた。


「ここにある箱、好きな箱をお土産として持って帰るといい。ただし……」


「どちらか片方ですか?」


「いや、"1つだけ"か"2つ"の箱を持ち帰ることができる」


「え!? 本当ですか!? なんてサービス精神!」


男は大喜びして小さなつづらを選び、両方とも持ち帰る選択肢を選ぼうとした。

しかし、うまい話には裏があるとばっちゃが言っていたのを思い出した。


「この大きなつづらの中には……化け物が入っているとかじゃないですよね」


「入っていない。中は見せられないが開けてみせよう」


スズメは大きなつづらを開けた。

男の身の丈以上もあるため箱の中身は見えないが、魑魅魍魎が襲いかかることはなかった。


「安全ですね。よかった。それじゃ大きなつづらを……」


「待った。その前にひとついいかな」


「ほらきた。どうせどちらかには悪い罠をしかけているんでしょう?」


「いいや、追加サービスだ。選んだ選択肢によってはさらにいいことになる」


「へ?」


男は目を白黒させた。


「1つの箱を選んだとき、箱の中には1兆円を入れておこう。

 ただし、つづら2つを持ち帰れば1兆円を追加することはない」


「それなら……片方を選ぶに決まってる」


「私はスズメ。実はすでにこの物語の結末を知っている。

 もちろん、お前がどの選択肢を選ぶのかも知っているんだ」


「未来がわかってるってことですか……?」


「そう。そして、私は未来を見て、

 すでにお前が何を選ぶのかも見越して仕込んでいる」


「それじゃ、中身の見えないこの大きなつづらに1兆円があるんですね! やった!!」


欲をかいて失敗する必要なんてない。

普通に大きなつづらだけを選んでしまえば1兆円だ。



ーー本当に?



小さなつづらはフタが開いていて、すでに中には100万円も入っている。


もし仮に、スズメが嘘をついていたらどうする。


大きなつづらの中には1兆円なんて入っていない、

中身は空っぽだったらどうする。


それだったら、確実に手に入る100万円の小さなつづらだけを選ぶべきなんじゃないか。


リスクのある1兆を手に入れるのと

確実に100万円を手に入れる方法があるんだ。



ーー待て待て待て。



これどう考えても「つづら単品」を選ぶしか選択肢がないぞ。

だって両方のつづらを持ち帰ろうとすれば、片方は空っぽになってしまう。


両取りすれば1兆円チャンスもなくなるし損だけじゃないか。


……と、考えれば普通に単品を誰もが選ぶ。


スズメの未来予知で単品を誰もが選ぶから、そのようにお金も準備した。

中身の見えない大きなつづらには1兆円が入れられているだろう。

「損しかしない両取り」を選択肢を選んで裏をかけば1兆100万円という可能性も。


いやしかし、リスクを負ってまで100万円の上乗せがいるのか。

普通に大きなつづら一択で1兆を回収するべきなんじゃないのかーー!?


「なんで……なんでこんな試すようなことを?」


「人間の行動を見ておきたいのさ。

 スズメのように日々を注意深く生きているのか試したくてね」


「あなたが未来を見通しているという保証はあるのか?」

「それは信じてもらわないと」


男の手は止まる。


背中を押す右手は大きなつづらへと伸びる。


スズメの未来予知は正しい。

自分は大きなつづらを選んだと予知されてそのように準備した。

嘘なんてついていないし、箱を開ければ

「大きなつづらだけを選んだのでごほうびです」と1兆円が待っている。


「ぐっ……!」


しかし、それを左手が止める。


今この瞬間だって世界はさまざまに変化している。

前にやった未来予知が当たるなんて言えるのか。


降ってくる雨粒の道筋をいくら念入りに分析したところで、

地表に水滴が落ちる部分をピンポイントで確実に予測なんてできっこない。


と、思う。


予知の自分は裏をかいて両取りしたのか。

それとも、信じて大きなつづらだけを選んだのか。


「ひとつ……聞かせてください。俺が選んだ選択で、結末を見てどう思いました?」


「……選択には驚いたが、最後はまあそうだろうなと思ったよ。人間だからね」


「そうですか、それでわかりました」


男は腹を決めた。




「 俺が欲しいのは! あんたが腰かけているそこの箱だ!! 」



男はスズメの座っている箱を指差した。


「つづらを前に出したとき、"箱"を持って帰っていいと言った!

 でもつづらの説明をするときはずっと"つづら"と言い続けていた。

 そのことがずっと気になっていたんだ」



『"1つだけ"か"2つ"の箱を持ち帰ることができる』

『1つの箱を選んだとき、箱の中には1兆円を入れておこう。

 ただし、つづら2つを持ち帰れば1兆円を追加することはない』



男は話を続ける。


「俺が選ぶのは大きなつづらでも、小さなつづらでもない。

 そこにある箱が俺のほしいお土産だ!!」


スズメは腰かけていた箱をそっと男の前に出した。


「いいだろう。この箱をゆずろう。ただし開けるのは地上に戻ってからだ」


「はい!」


男はスズメの里から箱を受け取り、地元へと戻った。

おそるおそる箱を開けると中には……。


「やった! やったぁ!! 一兆円だ!!!」


箱には見たこともない大金がぎっしりと詰まっていた。


スズメの未来予知や嘘かどうかなんて考えるのではなく、

相手の話をちゃんと聞くのが大事なんだ。


男は大量に手にしたお金でこれでもかと贅沢のかぎりを尽くした。

1兆円もあったお金はあっという間に溶けてしまった。


けれど、いったん味わった贅沢の蜜の味を忘れられるはずもなく

男は浪費がまねいた貧乏に耐えかねてついに自殺してしまった。



男の転落人生を見ていたスズメはチュンとせせら笑った。


「……選択には驚いたが、最後はまあそうだろうなと思ったよ。人間だからね」

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