夜明けに叫ぶ

篠岡遼佳

夜明けに叫ぶ




 ――会いたい。

 ただあなたに会いたい。





 真冬の夜の中、私は自転車を漕いでいる。


 きつい坂道。左右に重心を振って、ひたすら登る。

 吐く息は真っ白だ。吸う息は肺の底まで透明にする。


 この先に、それは待っている。

 何度も何度も行った高台。小さな四阿のあるその場所へ。



 あなたと出会ったのは桜の季節。

 制服の似合う背の高さ。意志の強そうな眉と、少し垂れた目尻。

 笑った顔は思ったよりかわいらしくて。

 私が出会ったあなたは、そんなひとだった。


 私はいつも、出会いも別れ方も何度やってもへたくそで、

 なのにそれでいいと、あなたは微笑んでくれた。

 ……私の前から去る人は、みな私が傷つけた人だ。

 そんな私なのに、あなたは微笑んでくれた。

 傷つけた分傷ついて泣く私を、そんなわがままを、それでもいいと。


 許されていると思った。

 手を繋ぐことなんかじゃない。ハグでもない。

 想うことを許されていると思った。それは強い絆だと思ってた。

 

 けれどあなたは、そこから去った。

 誰のせいでもなく、季節は巡っていくから。


 さよならをきちんと言ってくれた。

 それだけでも十分だったのに、私がまた駄々をこねて泣いていると、あなたはいつもよりも長く、私を抱きしめてくれた。

 その体温だけが本物だった。


 人を想い続けるということ。

 それはもしかしたら、美しく見えるかもしれない。

 一途であるということは、青春に許された「恋慕」というものなのかもしれない。

 何度も何度も思い出す。あなたがいた日々、私と笑ってくれた日々。

 けれど、あなたは行ってしまった。とても遠くへ。


 時はすべてを癒やす。

 それはすべて変わっていくということだ。風化していくということだ。

 痛みも、苦しみも、そして安らぎや優しさのあった世界も。

 

 ぼうっとしたまま季節を繰り返して、私はようやく立ち上がれるようになった。

 抜け殻になっている時間はこれ以上なさそうだ。

 なぜって。


 私も、あの子を泣かせたからだ。

 プレゼントを隠すようにした後ろ手に油断していた。

 近づいた彼女は、私の頬に唇をくれた。そのまま抱きしめられた。

 ……ああ、けれど、私も行かなければならない。

 その気持ちには、応えられないんだ。



 真っ暗な夜が光に濾され、薄青と紫の薄明がやってきた。

 四阿の横に自転車を止め、寒いのに汗をかいた私は、東の空を見つめた。

 タオルで額を拭い、やってくるその瞬間を待った。

 遠くの山の向こうが、一瞬金色に輝く。

 ――夜明けだ。


 私は呟いた。私の心を空に告げた。

 そして大きく息を吸い、もう一度夜明けに最後のひとことを叫んだ。


「――――――――!!!」


 その言葉も間に合わなかったことを思い知る。

 涙が勝手に、こぼれ落ちた。


 私は違う世界、違う選択肢、違う場所で、

 なのにまた、夜明けを待っている。

 生きている。


 

 会いたい。

 ただ、もう一度あなたに、会いたい。

 そして言葉を返してほしい。その優しい声で。


 

 ――そして、もちろん声は聞こえず、涙だけが頬を伝う。

 いくつもの想いを背負って、すべての人たちとの季節を思い出す。

 これでいいんだ。これでいい。

 だって、時を経た私はもう知っているから。

 大事だと思うものは、手放さなくたっていいと。


 何度も夜明けに叫ぼう。

 何度も苦しい恋や別れを思い出そう。


 何度だって、何度だって、繰り返して私は走り出す。


 次の季節、次の春へと。




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夜明けに叫ぶ 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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