第79話 景観を損ねることはやめましょう

 バリバリバリバリバリバリ・・・


 ヘリコプターは一度上空を旋回すると、ホバリングしながら山頂の一番拓けた所に着陸した。

「何なの?うっさいわね!」

 ハルカは機嫌を損ねる。それはそうだろう。こんな自然豊かな山の静けさを木っ端微塵に打ち砕いたのだ。場合によってはこのヘリを破壊するつもりでいる。


 そんな迷惑なヘリコプターから降りてきたのは・・・

「ミカミカひどいよ!これは完全に抜け駆けだよ!」

 ほむらだった。今日のことをどこからか聞きつけ、この場所を嗅ぎ付けてきたのだ。

「別に抜け駆けしたつもりはないけど・・・ごめんね、ほむらちゃん。ほむらちゃんもこの場所に来たかったんだね。」

 何故かマユリが謝る。ほむらとしては、マユリを誘ってここに来たミカに対してだけ言った台詞だったのだが、何か勘違いしているらしい。

「ほむらちゃんひどい!マユリ先輩を責めるなんて!」

 ミカはマユリを庇うようにほむらの前に立ちはだかり、キッと睨む。

「いやいやいや!そんなこと1マイクロメートルもしたつもりないよ!マユリお姉さま、ほむほむはミカミカに言ってるんですからね。」

 慌ててほむらは誤解を解こうとする。ほむらがマユリを責めることなど、今世紀中にあろうはずがない。


 ん?じゃあ何を抜け駆け?ん?


 マユリは首を傾げた。自分のことでとは思ってもいないようだ。その傍らで、ミカは爪を噛んでいた。

「な、何でここがわかったの?極秘だったのに・・・」

 ミカはボソボソ呟く。今日のことは四性天達に気付かれないように、秘密裏に計画してきたのだ。だがしかし、マユリとハルカ、この二人には口止めしていなかった。


 誰かに話しちゃったのかな?


 もちろんそうであっても二人を責めるつもりはない。色々と考えを巡らせるミカ。そこに・・・

「あっ、いたいた。おーい、ハルカ。」

 ヘリコプターからもう一人、女性が降りてきた。彼女は、よく見なくてもハルカのよく見知った人物だった。

「フ、フユ姉!何でここに!何でほむらちゃんと一緒なの!」

 突然現れた長女に驚くハルカ。

「ああ、それね。あたし、去年この子の家庭教師やってたのよ。そんでさっきバッタリ会って今日のこと話したら・・・こうなった。」

 フユリは足元を指差しながら言った。山にいるにはあまり相応しくない、ヒールの高い靴を履いている。急遽ほむらに、案内役として連れてこられたのだろう。ちょっと迷惑そうな顔をしている。

「フユリ先生がまさかハルカ先輩のお姉さんだったなんて。今日初めて知りましたよ。」

 世間は狭いものですね・・・

「は、はじめまして。いつもハルカ先輩にはお世話になっております。」

 緊張しながらも、ミカはフユリに初対面の挨拶をする。さすがハルカの姉だけあって、かなりの美人だ。うっかりヨダレを足らずミカ。

「フユリさん。お久しぶりです。相変わらずお美しいですね。」

 もちろんフユリと面識があるマユリ。お?そういえばこの二人、名前が一文字違いだ。まぁ特に意味はないのだが・・・

「マユリちゃん、久しぶり・・・負けないからね。」

「?」

 フユリが何のことを言っているのかさっぱりわからないマユリ。もちろんサキのことでフユリが一方的にマユリをライバルだと意識しての発言なのだが。

 それぞれが挨拶を済ませたところで、ほむらはあることに気付く。

「何ですか?その大きいぬいぐるみは。熊?ちっちゃい方は動いてるし・・・」

 顎に手を当て、暫し考える。そして一つの結論を出した。

「・・・もしかして・・・本物?・・・キャアアーー!イヤァーー!た~べ~ら~れ~る~!」

 四つん這いになり、熊から何とか距離を取ろうと頑張るほむら。そして、騒がしかった為か、よりにもよって熊は目を覚ましてしまった。

「あ~あ・・・起きちゃったよ。仕方無い、今度はあたしがやるか。」

 ハルカは威嚇の体勢をとる。折角マユリが手加減して生かしたのだ。また気絶させるだけでいいだろう。

「待ちなさいハルカ。あたしに任せて。」

 フユリはハルカの前に出る。そして早速威嚇を使った。起き上がりかけの熊の身体は硬直し、その直後痙攣し始める。

「あなたはもう、ここにいる人間を襲うことはできません。静かにここから立ち去りなさい。」

 人間の言葉が通じているわけでは無いのだが、それでも親熊は小熊を連れて急急とその場を後にした。そう、『威嚇・天』を使用している最中のフユリの言葉は、言語という概念を越えているのだ。

「フゥ、まあこんなもんかな。ハルカ、あんたもこれくらい出来ないと駄目よ。」

 フユリは振り向き、ハルカの未熟さを指摘した。ぐっと悔しい顔をするハルカ。やはりまだまだフユリには届かないことを痛感したのだ。

「これくらいって・・・フユリ先生はハルカ先輩より凄いの?」

 ハルカの威嚇との違いを、よくわからないほむら。今のを見ただけでは、ただ威嚇で追い払っただけのように見えたからだ。しかし実は全然違う。『威嚇・天』は、その技が決まると、相手の意思を操ることが出来るのだ。まあどの程度まで操れるかは、その相手と自分との力量の差にもよるのだが・・・

「さすがですねフユリさん。ありがとうございました。」

 マユリはフユリに感謝の言葉を述べる。もうあれ以上あの熊を傷付けずに済んだからだ。

「いいのよいいのよ。この場所では、あたし達の方が邪魔者みたいだしね。早々に帰りましょ。・・・あたしもあなた達と一緒に帰ろうかな。」

 フユリはとんでもないことを言い出してきた。ハルカとしては威嚇の範囲をフユリと分担できるので大分助かるのだが、そんな靴で足場の悪い山道を歩こうだなんて・・・山を舐めるな!

「あっ、じゃあほむほむもご一緒します!」

 便乗するほむら。マユリと少しでも一緒にいたいのだ。そんなフリフリの服で山に挑もうだなんて・・・山を舐めるな!

「ならばボディーガードとして私も同行いたします。」

 主人を守るテイでマユリと一緒にいようとするほむらのボディーガード。そんなタイトなスーツで山を降りようだなんて・・・山を舐めるな!

 しかしそうなると・・・

「そんな軽装で大丈夫ですか?いや、それよりもヘリコプターはどうするんです?これサラさんが操縦してきたじゃないですか。このまま置いてくんですか?」

 そう、ほむらのボディーガード、サラが一緒に下山してしまっては誰もヘリコプターを動かすことが出来ない。

「大丈夫ですよ。へんしーん!」

 ほむらが大きな声でヘリコプターに命じた。すると・・・


 ガシャン


 ガチャガチャ


 ガシーン!


 見る見る変形していくヘリコプター。そして・・・

「これでこのまま置いていっても大丈夫です。」

 ヘリコプターは、どういうわけか巨大なウサギのオブジェに変形していた。

 だいじょばないだろ!

「ほむらちゃん・・・これ・・・」

「さあ行きましょ行きましょ!」

 マユリはツッコもうとしたのだが、ほむらは陽気に颯爽と先に進んでしまう。仕方無く後に続く他のメンバー。

 4人は案の定、軽装な3人に気を使うことになったのだが、それでも色々と工夫をしながら下山を試みた。まあ何とか五時間で山を降りることは出来たのだが、そこで気になるのはやはりあのヘリコプターだった物だ。

 後日聞いた話では、あのオブジェはそのままあそこに残され、何故だか観光スポットになってしまったそうな・・・

 

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