第70話 フユリは長女

「いいんじゃない。そのままで。」

「えっ?」

 まさかの答え。フユリはビックリした顔をしている。だがサキにしても、何も適当に言ったことではない。しっかり考えてのことだった。愛しい人の側ならば、『威嚇・極』を使えたとしても大丈夫だと考えたからだ。ハルカがマユリの力になってくれるだろうし、マユリはハルカを抑えてくれるだろう。

 そして、どうせ後々わかることなので、は正直に話しておいた方がよさそうだ。

「あのね、フユリ。実は、その妹さんなんだけど・・・たぶん私の働いている学校の生徒だわ。」

 またしてもビックリするフユリ。

「じゃ、じゃあマユリちゃんのことも知ってるんですか?」

 サキはコクリと頷く。もちろんフユリもマユリとは面識がある。よく家に遊びに来るからだ。

「もしかして・・・マユリちゃんを狙ってる先生って・・・先輩ですか?」


 ブッ


 サキは呑んでいたジュースを派手に吹き出した。

「ち、違うわよ!私はただ、生徒の幸せを願ってるだけよ。ふしだらなことなんて考えてないわ。」

 ・・・どの口が言うのか。

 まあそれは置いておいて、どうやらその点は信じたフユリ。

「そうですよね。あたしにあんなことしておいて、浮気するわけないですもんね。信じます。」

「いや、いつも『あんなこと』って言うけど、私はただ、あなたの身体の肉付きを見たり触ったりしただけで、やらしいことなんて何も・・・」

「しました!」

 断言するフユリ。確かに、触ってる方はそういう意味じゃなくても、触られてる方がそう思っているのならそういうことなのだろう。

「でも・・・」

「もうこの話はここでおしまいです!ハルカはサキ先輩が責任もって見るということでいいですね。義理の妹として。」

 そう来たか!

 もちろんハルカのことを放っておくことはしないつもりだが、それはマユリの親友としてである。義理の妹としてではない。

 とりあえずこの話は終わった。

 丁度いいタイミングで運ばれてくる料理。サキはミートドリアとシーザーサラダ。フユリはカルボナーラとマルゲリータピザ、そして豆腐のサラダとオムライスだ。ハルカ同様、どうやらフユリも大食女らしい。

 二人は食事をしながら、暫く女性らしい会話に花を咲かせる。そして食事が済み、まったりとした時間が流れるが、何故かソワソワしながらサキの顔をチラチラ見るフユリ。当初の予定だったもう相談が済んでしまった為、これで解散になってしまうかもしれないからだ。フユリとしてはそれだけはどうしても避けたかった。なので思いきって誘ってみる。

「・・・サキ先輩。この後どうします?よければ、あたしと二人きりになれるところに・・・」

「!!買い物行きましょう。私、新しいスカート欲しいの。」

 サキは慌てた様子でフユリの言葉を遮る。二人きりになるのはマズイ。サキとしてはマユリ以外の同姓には興味がないのだが、フユリの推しに負けて間違いを犯してしまうだろう。何故だかサキには、そんな自信があった。フユリが日に日に魅力を増しているのが原因だろう。何なら今も、ちょっと抱き締めたい位だ。

「・・・わかりました。お付き合いします。で、買い物済んだら二人きりに・・・」

 諦めたかと思いきや、諦めの悪いフユリ。サキは悩んでしまう。そして思い付いた。

「じゃあカラオケボックス行きましょう。二人きりになれるわよ。」

「何いってるんです!カラオケボックスじゃ裸になれないじゃないですか!」

 あなたこそ何言ってるの?

 つまりフユリは裸の付き合いがしたいということなのだろう。ならば・・・

「じゃあ銭湯に行きましょう。裸になれるわよ。」

「ダメですよ!みんなの見ている前でイチャイチャできるんですか?サキ先輩はそういう性癖なんですか?」

 散々言ってくれるフユリ。この性格、何処と無くミカに似ているね。

「わかりました。ハッキリ言います。あたしとホテルに行きましょう!」

 ハッキリ言わないで!もっとオブラートに包みなさい!


 ガチャン


 立ち聞きしていたウエイトレスの女の子が水の入ったコップを倒す。そして周りを見渡すと、他の客たちもサキとフユリに注目していた。結構ボリュームのある声で会話していた為、全部聞かれていたのだ。


 はっ、恥ずかしい・・・


 サキは恥ずかしさで顔を赤らめ、フユリは興奮で顔を真っ赤にしていた。

「フユリ・・・じゃあ今日はここで解散しましょう。会計は私が済ませておくわ。」


 !?


 ここでフユリは我に帰った。

 

 いっけない!怒らせちゃった!


 フユリは焦る。次またいつ会ってくれるかもわからないのに、こんな別れ方はまずい。

「じょ、冗談ですよぉ。さぁ食べ終わったら買い物行きましょう。ハハハッ・・・」

 顔中に汗をかき、慌てて取り繕うフユリ。そんな様子を見て、サキは思わずプッと吹き出してしまう。そして溜め息をつきながら言った。

「はぁ・・・ねぇフユリ。あなたが私を好いてくれるのは嬉しいわ。でもね、肌を触れ合うだけが好きって言う表現ではないの。それはわかるわね。」

「・・・はい。」

 サキはたしなめるように言う。そして、更に続ける。

「確かにあなたは魅力的な女性よ。だからと言って、そんな強引なやり方で私がなびくとは思わないで。私を振り向かせたいんなら、もっと私の気持ちを考えて欲しいの。わかってくれるかしら?」

 サキは周りに目を配る。その目線の先にある状況を見て、フユリはやっと気づいた。周囲の視線が自分達に集まっていることに。

 フユリとしても、サキに迷惑をかけることは本意ではない。申し訳ない気持ちが心の中に溢れてきた。もう泣き出しそうだ。

「すみませんでした。あたしもいい大人なのに・・・全然ダメですね。これじゃ・・・サキ先輩には相応しくありませんね。」

 自虐的な笑みを浮かべるフユリ。仕方がなかったのだ・・・

 四人姉妹の長女として生きてきたフユリ。家族の前でも友達の前でも弱い部分は極力見せないようにしてきた。たくさん我慢もしてきた。長女として妹たちを守らなきゃいけない。プレッシャーもあった。そして、妹たちに頼られ、甘えられるうちに、いつしか自分が甘えることをしなくなってしまっていたのだ。

 ・・・フユリはいつしかそんな現実に疲れてしまっていた。楽になりたかった。救いが欲しかった・・・

 そんな時にサキに出会ったのだ。

 ・・・

 だからサキに・・・サキのような包容力のある年上の女性に甘えてしまうのは、仕方のないことだったのだ。

 フユリのあまりの落ち込み様を見て、サキはフォローの言葉をかける。

「駄目ではないわ。だから・・・そんなに落ち込まないで。私に出来ることならしてあげるから・・・」

「なら・・・二人きりで・・・裸でイチャイチャしてください!」


 ブーーーー!!


 ジュースを飲んでいた周りの客は、一斉に吹き出す。その光景足るや・・・

 サキはいてもたっても居られず会計をし、フユリを連れて店を出る。きっと今日この後、この店は臨時休業を余儀なくされるだろう。

 そしてサキはフユリを二人きりになれる場所に連れ込み、クタクタになるまで散々欲情を発散させたのであった。


 ・・・


 ・・・


 因みに、二人が行ったのはカラオケボックスで、サキはフユリに声が枯れるまで歌わせただけである。

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