第64話 夏休み初日の朝

 夏休み初日。朝6時。


 マユリは自宅の台所に立っていた。休みだからといってダラダラ出来ない性分なのだ。なので今、簡単な朝食を作っている。

 今日は特に用はないため、ナノハと一緒に図書館へ行くつもりだ。


 そうだ。長居するかもしれないからお弁当も作ろう。


 マユリは朝食と平行して昼食用の弁当も作り始める。

 そこに・・・

「あら、マユリ。おはよう。早いわね。」

 母親が起きてきた。おそらくこのままシャワーを浴びに行くのだろう。それが母親の毎朝のルーティーンだ。

 母親は足を止め、ダイニングテーブルの上に目を向ける。

「朝食と・・・お弁当作ってるの?悪いわね。少な目でいいわよ。」


 ん?


 いやいやいやいや。母さんの分、作ってないんだけど・・・


 しょうがない・・・


 マユリは仕方無く三人分の弁当を作ることにした。いつも朝食は母親が作ってくれている。休みの日くらい親孝行しないと・・・

 と思っていたら、もう一人の親も起きてきた。

「おはよう。弁当かぁ。父さん、肉多目に入れて欲しいな。」

 謎の台詞を残して、道場に向かう父。


 んん?


 父さん?ねぇ。父さん?


 ・・・もう!


 弁当一つ追加です。いや、こうなったら家族全員分作った方がいい。マユリはイサムの分も含めて五人分の弁当を作るのだった。


 とりあえず朝食を優先させて作ることにした。簡単ではあるが、意外と手間のかかるプレーンオムレツと焼き魚、豆腐と油揚げの入ったお味噌汁、そして炊きたての玄米だ。

 マユリ、いいお嫁さんになること間違いなし!

「朝御飯できたよ~。置いておくから食べてね~。」

 言いながらマユリはテーブルに料理を並べ始める。するとそこには・・・

「おはよう!お姉ちゃん!」

 朝から元気なナノハが、既に椅子に腰をかけていた。今の時刻は朝の7時。休みだというのに早起きなことだ。やはりまだ夏休みの初日とあっては、生活リズムが登校日のままなのだろう。何ならもう出掛ける準備までできている。

「おはよう。はい、先に食べちゃっててもいいよ。母さんはシャワー浴びてるし、父さんは道場の床掃除しにいってるから・・・たぶん暫く戻って来ないんじゃないかな。」

 そう、両親は暫く戻ってこないだろう。しかし・・・

「姉ちゃん、ナノハ、おはよう。」

 弟イサムが、これまた普段通りに起きてきたのだ。てっきり昼まで寝ているものだと思っていたのに・・・

「おはよう。早いね。今日どこかに出掛けるの?」

 何気なく言った言葉。しかし帰ってきた言葉は・・・

「いや、予定はないんだけど。平日の休みの日は姉ちゃんが朝ごはん作ってくれるだろ。何か手伝うこと無いかなって思ってさ。」

 姉を思う弟の気遣いの言葉だった。感動してしまうマユリ。いい子に育ったものだ。

「大丈夫だよ。もうできてるから。すぐ用意するからイサムも食べちゃって。」

「用意ぐらい自分でやるから。姉ちゃん、他にやることあるんならそっちやってていいよ。」

 イサムは自分の茶碗をとり、御飯をつけ始めた。横目でそのやり取りを見ていたナノハは立ち上がり、自分のことは自分でしようと兄を見習う。

 二人とも、良い方向に成長している。手が掛からなくなってきたのは嬉しいが、甘えてくれなくなるのは少し寂しい。

 だがまあここは一先ず、お言葉に甘えて弁当作りをさせてもらおう。

 マユリはフライパンを再び用意する。父親が肉を食べたいと言っていた為、肉料理を作るつもりだ。しゃぶしゃぶ用の薄い肉を塩コショウし、両面焼き上げる。そしてそれを一度皿に移し、片面に梅肉を塗っていく。その上にぶつ切りにしたオクラを乗せ、巻き付けると、爪楊枝で開かないように止めた。これで1品完成だ。あと3品おかずを作りたいマユリ。肉料理は出来た。残りはポテトサラダと卵料理。そして・・・

 マユリはを作り始める。


 ジュワァァァ


 幸せな音、幸せな香り。調味料がフライパンの上で踊り出す。

「えっ、これって・・・」

だよな・・・」

 匂いでわかったイサムとナノハ。

 これは・・・ホタテとキクラゲのXO醤炒めだ。家族みんなの大好物。とんでもなくおかずになるのだ。おそらく、この匂いだけで白米2合はいけるだろう。そんなこの料理の匂いに釣られ、二人はクンクンしながら姉のすぐ側まで近寄る。

「これはダメだよ。お弁当に入れるやつだから。みんなの分ちゃんとあるから、お昼まで我慢しなさいね。」

 ヨダレを垂れ流している二人を制すマユリ。間違いなく今食べようと、ロックオンされているからだ。しかしこれはお昼のお弁当のメインディッシュ。あげるわけにはいかない。

「でもさ、味見って大事じゃない?よければあたしが味見するよ。」

 何がよければなのか・・・ナノハはそう言いながら手を伸ばしていた。

「だから、ダメだって!ホタテ人数分しかないんだから。・・・あっ、でも、キクラゲなら少し位いっか・・・」

『ィヤッホーーーイ!!』

 二人は、姉のうっかりこぼした言葉を逃さず拾い取った。

 そしてどうだろう。この喜び様は・・・

 どこかの森のその奥の、人の立ち寄らないような秘境に住む、謎の部族が踊るような踊りを二人は踊っていた。

 とんでもなく異様な光景だ。

 端から見たら狂気すら感じられるだろう。

 とはいえ、まあ喜んでくれるのは嬉しいのだが・・・


 何だか最近、ボクの周りこんなのばっかりだな・・・


 と、マユリは本気で気味悪がってしまう。正直怖い。いずれ、世界中の人間がこうなってしまったら・・・何地獄?

 だがマユリは知らなかった。何故周りの人間がこうなっているのかを。

 単純なことだ。

 マユリの魅力がここ最近、極端に伸びているからだ。そして、恐ろしいことにまだまだ伸び代がある。そう、ここからなのだ。

 マユリは、実はその魅力のほんの一部しかまだ世間に知らしめていない。マユリが本気を出せば、きっと世界平和も夢じゃないだろう。

 頑張れマユリ。

 負けるなマユリ。

 世界が君を待っている!


 ・・・


 ・・・何の話だったっけ?

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