第24話 姉と弟
日曜日、午前10時。
マユリは自宅リビングのソファーでくつろいでいた。正面には50インチのテレビが膝程の高さのローボードの上に置かれている。マユリは、目の前にある低いテーブルの上に置いておいた200ml入パックの豆乳を一口飲むと、また元の場所へ置く。
ふぅ、静かだな。
父親と母親は、妹を連れて買い物に出ていた。テレビもついていない為、窓の外から聞こえる小鳥の囀りがクリアに感じられる。今この家の中にはマユリと、自分の部屋に籠っている弟しかいない。
「はあ、肩凝ったな。」
昨日も遅くまで勉強していたマユリ。翌日が休みの時はついつい無理をしてしまう。
「イサム~。ちょっといい?」
上を向き、大きな声で2階にいる弟イサムを呼ぶマユリ。
「どうした!姉ちゃん!」
突然呼ばれ、何事かと慌ててリビングに飛び込んでくるイサム。
「100円あげるから肩もんでくれない?」
お小遣いで弟を釣ろうとする姉。それだけ弟のマッサージは絶品なのだ。
「金はいいよ。どれ・・・」
イサムは早速姉の肩に手を置こうとする。大好きな姉の頼みとあれば、断る理由などあろうはずもない。
「あっ、ちょっと待って・・・」
直で揉んでもらおうと、マユリは上着を脱ぎ、下着姿になった。いくらシスコンだといっても弟は弟だ。昔は一緒にお風呂も入っていたし、抵抗はなかった。だがマユリは知らない。後ろに立つイサムの顔が真っ赤であることを・・・
イサムはマユリの肩に手を置き、揉み始める。確かに凝っているようだ。軽く揉むだけではほぐれそうもない。適度な力を入れ、グッと揉みしだく。
「ハァ、あっ🖤あん🖤いい・・・イサム、気持ちいいよ🖤」
イサムの手さばきに、思わず声が出てしまう姉。相変わらずマッサージが上手だ。
「へ、変な声出すなよ姉ちゃん。やりずらいだろ。」
ドギマギするイサム。
「だってぇ。あっ、次は足もんでもらおうかな。」
言いながら下のスエットを脱ごうとするマユリ。イサムは慌てて止めた。
「やめろよ!いくら姉弟だからってそこまでは出来ないぞ!」
少し怒っているようだ。まあ確かに、自宅とはいえ上も下も下着姿の姉が、弟に足を触らせているのも変な話だ。
「わかったよ。じゃあ引き続きお願いね。」
渋々諦めるマユリ。
イサムは姉の艶々の肩を悶々としながら再び揉み始める。姉とはいえ、美しい女性が目の前で、しかも卑猥な声を出しているのだ。思春期の男の子には酷なことだろう。
何とかこの感情を抑えなくてはいけないと思ったイサムは、姉に話しかける。
「姉ちゃん、彼氏とか出来たのか?」
いると言って欲しくはないのだが、思いきって聞いてみる。
「ん~ん。いるわけ無いじゃない。興味ないし。変な男の人達にはよく声かけられるけど、ボクの何がいいのかな?」
全く自分の魅力に気付いていないマユリ。実の弟でさえ変な気を起こしそうになってしまうと言うのに・・・
「イサムこそどうなの?好きな子とか出来た?」
マユリも女子の端くれ。恋話には興味があるのだ。
「そんなんいねーよ。」
近くにいつもマユリがいるため、イサムの理想は高くなりすぎていた。最低でも姉よりも美人でなくてはならない。何様だと言われるかも知れないが、姉が好きすぎるためこうなってしまったのだ。許してあげてほしい。
「そっ。まああれね。彼女がいてもいなくても、あんたは道場の跡取りなんだから。しっかり鍛えなきゃダメだからね。ああっ🖤」
弟の今後を気にしつつ、またしても変な声を大きめに出してしまうマユリ。
「でも俺、姉ちゃん程強くないし才能もないから・・・姉ちゃんが跡取れば?」
イサムには自信がないのだ。もちろん、日々道場で鍛え、ある程度の力を持ってはいるのだが、姉の天賦の才には到底及ばなかった。
「何いってんの。ボクはか弱い女の子なんだよ?それにわかってるでしょ?」
か弱いかどうかは置いておいて、まるで道場を次ぐ気がないマユリ。それは・・・
「ああ、姉ちゃんの夢はわかってるよ。でも俺だってなりたいもの位あるんだよ。」
「え?何々?初耳だな。」
自分の弟の夢、興味が無いわけがない。マユリはワクワクした。
「俺、整体師になりたいんだ。」
ボソッと言うイサム。何故なりたいかは、とても姉には言えないが・・・
まあ言えない理由は簡単だ。マユリの身体を他の男に触られたくないからだ。正真正銘のプロの整体師になれば、これから何年先もイサムだけが姉の凝りをほぐし続けることが出来る。そう思っていた。
「いいじゃん。イサム、マッサージ上手いし。お姉ちゃん応援するよ。じゃあ、あの道場は父さんの代でおしまいかな。あっ、でももしかしたら娘達に婿をとらせて続けるかも・・・」
イサムの手がピタリと止まる。
そうだ・・・その可能性は大いにある。
マユリと妹が道場継続の為に、どこの馬の骨ともわからない男に取られてしまう可能性だ。イサムはマユリのことはもちろん、妹のことも溺愛していたのだ。
「やっぱり俺、整体師になって、道場の跡取るわ。」
今この場で、イサムは一大決心する。おそらくそれが最善の手だと思ったのだ。例えそれが二足のわらじになろうとも・・・
「そっか。頑張ってね。」
マユリは振り返り、可憐な笑顔をイサムに向ける。
この笑顔に何度救われたことか。二兎を追おうと決めたイサムの不安な心が、スゥーと晴れていくようだった。これでまた頑張っていける。
止めていた手を動かし、マユリの肩を揉み続けるイサム。
「あん🖤あん🖤そこそこ🖤」
相変わらず小声で喘ぎ声を出すマユリ。
そんなかわいい姉を、そしてかわいい妹を、これからも守っていこう。そう改めてイサムは心に誓ったのだ。
そしてこの強固な決意が、これからのイサムを変えていくのであった。
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