第16話 長湯はのぼせますよ。

 サキは待っていた。


 ずっと待っていた。


 その時が来るのを・・・


 しかし・・・なかなか来ない。


 マユリは妹の頭や背中を洗ってあげた後、自分の身体を念入りに洗っていた。お風呂は身体をキレイにする場所。マユリにとって身体を洗うということは、お湯に浸かるよりも重視する作業だったのだ。


 まず浴槽に来たのは妹だった。

「わ~い!ハルカちゃん遊ぼ!」

 マユリからハルカが来ていることを聞いていた妹。上機嫌だ。

「ダメだよ。ここはプールじゃないんだからね。ほら、こっちで一緒に肩まで浸かろ。」

 ハルカは浴槽の真ん中まで移動し、手招きする。マユリ妹は少し不満そうな顔をするが、ハルカに従い、静かに浴槽に入っていく。

 マユリ妹はハルカにとてもなついていた。家に来る度に、遊んでくれるからだ。入浴する少女達の微笑ましい光景。


 それでもサキは、動かず待っている。


 そして、やっと・・・


 ヒタヒタと足音が近づいてくる。マユリだ。ちなみにマユリはまだ、サキがいることを知らない。そこで・・・

「あっ、マユリ。そこにいる人、サキ先生だよ。」

 ハルカが気を聞かせて知らせてくれた。ハッとするマユリ。お湯に浸かる前に挨拶をすることにした。

「こんばんは。サキ先生。あの、お隣いいですか?」


 来た!


 サキは振り向き、生唾を飲みながら、マユリの身体をじっくりと、舐めるように下から上へと観察する。


 身体の前面をタオルで隠してはいるが、それでもスタイルの良さは隠しきれていない。濡れた髪、水を弾く若々しい肌。そして所々見える女性の部分。丸見えよりもむしろいやらしい。

 サキはマユリから目が離せない。胸の鼓動が更に増していた。


 ああ、触りたい。抱き締めたい。もっと見たい! 


 サキの恋心は消えなかった。かえって欲求が深まってしまったようだ。

「先生?」

 何も返事が返ってこない為、戸惑うマユリ。ハッと我にかえるサキ。

「あっ、ごめんなさい。いいわよ。」

 マユリはタオルを畳み、頭に乗せ、チャンポンと浴槽に入り、サキの隣に腰を落とした。

「はぁ🖤いい湯ですね。」

 ニコニコ笑顔のマユリ。やはり大きいお風呂は気持ちが良いらしい。


 ああ、もう、可愛くって仕方がない!


 心の中で悶えまくるサキ。しかし、不審に思われないよう、平常心でいなければならない。

「そうね。」

 真正面を見ながら、ノールックで返事するサキ。まともにマユリが見られないのだ。それでも頑張って、チラッとお湯に浸かるマユリの身体を見てみる。


 わぁ、マユリさんの・・・🖤


 湯が揺らいでハッキリとは見えないのだが、しかしそこには確かにマユリの裸体があった。チラ見だけで済ませるつもりが、ついつい凝視してしまう。


「先生・・・」

 マユリが声をかけてきた。神妙な顔をしている。


 まずい!やらしい目で見てたのばれたかしら・・・


「鼻から血が出てますよ。大丈夫ですか?」


 え?


 サキは指を鼻の下に当てる。ヌルッとした感触。それが付いた指を見て、確かに血が出ていることを確認した。

「のぼせちゃったんじゃないですか?早く上がった方がいいですよ。」

 心配するマユリ。その顔を見てサキはキュンとする。 


 マユリさん、私を心配してくれてるのね。なんて良い子なのかしら🖤


 鼻血を出しながら、うっとりとマユリを見つめるサキ。

「ほら、ボクが肩貸しますから。」

 そう言うとマユリは立ち上がる。


 !!!!!!!🖤🖤🖤🖤🖤


 サキの目の前で露になったマユリの裸体。先程とは違い、何の防備も身に付けていないツルツルの身体が、目に飛び込んできたのだ。一気に頭に血が上ってしまったサキは・・・


 ブシュュュュ!


 鼻血を吹き出し、目を回しながら浴槽に沈んでいく。

「ちょっ、先生!大変だ!ハルカ、手伝って!」


 サキはマユリとハルカに救出され、浴場から脱衣場に運ばれた。脱衣場の一角には3畳程の、体調を悪くした人の為に用意された休憩スペースがある。そこにサキを寝かせ、バスタオルをかけてあげた。流石に女風呂だとはいえ、裸体のままというわけにはいかない。

「ハルカ、ごめん。あの子のことお願いできる?」

 マユリは、浴場で一人になった妹のことが心配なのだ。それを察したハルカは当然了解する。

「任せといて。マユリは先生宜しくね。」

 親指をグッと立て、浴場に戻るハルカ。マユリはサキを心配そうに見つめる。


 枕もないし、少し頭が痛そうだな。


 サキの頭を、取り敢えず自分の太ももの上に乗せるマユリ。何も無いよりはましだろうと考えたのだ。


 なに?この柔らかい感触。幸せ・・・


 サキはゆっくり目を開く。

「先生。よかった・・・気がついたんですね。」

 目に入ったのは、ほっと安堵の表情を浮かべたマユリだった。その美しい顔を見たサキは、思わず泣きそうになる。


 マユリさん、貴女は天使・・・なの?


 サキは思い違いをしていた。マユリはきっと、この荒んだ現代に産み落とされた天使なのだ。なのに、恋だの手込めにしたいだのと思っていたこと自体、間違いだったのだ。


 私はこの子を幸せにしなければいけない。この子を大人として守らなければ・・・ 


 サキの中に生まれる、恋とは違う新たな感情。出来れば自分が、マユリを生涯幸せにしてあげたい。でももし、仮にマユリが他の人を好きになったとしたら・・・そのときは心から応援してあげようと決心したのだ。


 ・・・・・・


 銭湯から出たマユリ達。ハルカは一緒に来ていた父親と帰っていく。マユリは弟と妹を連れ、まだ少しふらついているサキを、自宅マンションまで送っていく。軽く挨拶を交わし、その場を去るマユリ達。

「コンビニでアイス買って帰ろっか。」

「やったー!お姉ちゃん大好き🖤」

 大喜びの妹。弟の方も満更じゃなさそうだ。この時期、まだ夜は寒い。三人は湯冷めしないように寄り添いながら、家路につくのであった。

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