第14話 お家のお手伝い
マユリは目を閉じ、木の床の上に立っていた。周りから複数の気配を感じる。そしてそれは、明らかにマユリに向かっていた。そう、複数人の人間が、マユリに襲いかかろうとしているのだ。衣の擦れる音。空気が裂ける感覚。迫り来る空圧。マユリはそれらが繰り出してくる攻撃を最小限の動きでかわす。
!!
驚いている気配を感じる。マユリはすかさず身体をひねり、その人間達を投げ飛ばす。
・・・・・・
「そこまで!」
目を開けるマユリ。床には三人の男が横たわっていた。ふぅ、と息を吐き、マユリはペコリと頭を下げる。
ここはマユリの父親が営む道場。平日、毎日開いており、門下生を集め稽古をつけている。月謝は何と、週三日で一人三万円。今現在門下生の人数は50人前後いる。このご時世、この数は結構多い方だとは思う。まあ、それもこれも看板娘のお陰と言えるだろう。ほとんどの門下生はマユリ狙いなのだ。
「じゃあボク、家に帰るね。」
そう父親に耳打ちし、その場を去ろうとするマユリ。毎週火曜日と金曜日、夜の7時~7時半までが、門下生に師範代のマユリが稽古をつけてあげる時間だった。まあ稽古といっても、マユリがただ門下生達を投げ飛ばすだけなのだが。
「ちょっと待てよ!どうせお遊び稽古だろ?馬鹿馬鹿しい。今度は俺が相手になってやるよ。」
一人の強面男が帰ろうとするマユリの前に立ちはだかり、構えをとる。
「彼は?」
コソコソと父親に聞くマユリ。
「ああ、彼は体験入門で来たコウジ君だ。空手の有段者らしい。」
有段者・・・確かに、マユリ目当ての烏合の衆とは違い、強者の貫禄が彼にはあった。
「おいこら!貴様なんぞが師範代の相手になるわけねぇだろ!ゴミ!」
「そーだそーだ!わかってんのか!このくそ虫が!」
「〇=□◎▽△¥=△〆!」
門下生達は、コウジに向かって罵詈雑言を浴びせる。中には頭に血が上りすぎて、何を言っているかわからない者までいた。
「うるせぇ!お前らからボコボコにしてやろうか!あぁ?」
荒々しいコウジの言葉に、門下生達は圧倒されてしまう。ぱっと一気に静かになった。
「わかったよ。相手になってあげる。」
挑発に乗ることにしたマユリ。父親も特に止める様子はない。普段はこういう輩は相手にしないのだが、今回は違う。マユリは腹が立っていた。道場がバカにされたということは、父親がバカにされているようなものだからだ。
マユリも構えをとる。それはコウジの構えに似ていた。
「はっ!なんだ?お前も空手やるのか?だがな、そんな細腕じゃ俺は倒せねえぞ!」
馬鹿にしたように言うコウジ。だがマユリは構えを変えない。いや、変える必要がない。何故ならこれも、マユリの複数ある『戦闘スタイル』の一つだからだ。
「忠告はしたからな・・・いくぞ!」
コウジは一気に間合いを詰め、拳を繰り出してくる。マユリは軽く上半身を捻り、攻撃をかわすと、右手をゆっくり伸ばし男の胸に当てた。
ドクンッ!
男の動きがピタリと止まる。そして、全身の汗腺から冷や汗が分泌された。
俺・・・殺された?
ただ平手をちょこんと当てられただけなのだが、そう錯覚してしまうほどの強烈な殺気が打ち込まれてしまったのだ。コウジは恐怖で意識を失いかけ、その場に膝から崩れ落ちてしまう。
マユリは二、三歩後ろに下がると、ペコリと頭を下げた。勝負あり。マユリの圧勝だ。
「や~い、ざまあみろ!わかったか!お前なんかがうちの師範代に勝てるわけないだろ!」
「そーだそーだ、身の程を知れ!このウジ虫が!」
「〇¥∥〆◎▽□△!」
またしても門下生達は、口々にコウジに罵声を浴びせる。更には、興奮しすぎて獣のような声を出すものもいた。
そんな烏合の衆達だったが、ギロリとコウジに睨まれると、『僕達、何も言ってませんよ』という具合に目線を反らし、口を紡ぐ。
「じゃあボク、勉強があるからこれで失礼するね。」
軽く手を振り、帰ろうとするマユリだったが・・・
「待ってくれ!」
と、呼び止められてしまう。見るとコウジの目がキラキラしていた。
ああ、またこのパターンか・・・
マユリは何かを察する。
「俺を是非この道場に入門させてくれ。そして、あなたをアネさんと呼ば・・・」
「呼ばなくて結構!」
食い気味で却下するマユリ。勢いよく言われたせいか、肩を落とし、しゅんとするコウジ。
そんな切なそうな表情のコウジを見て、少し気の毒に思ってしまったマユリは・・・
「まあ、入門は許可するけど・・・これからはよろしくね。」
と、優しい言葉をかけてしまう。
顔を輝かせるコウジ。どうも強者であればあるほど、マユリにどっぷりとはまってしまうらしい。
こうしてマユリは、父親の思惑通り門下生を増やしていくのであった。してやったりの顔をしている父親。そんなご満悦な父親の元へ、マユリは近づいていく。
「おこづかい、割り増しね!」
勉強時間を減らされ、少し怒っているマユリは目を細目、ボソッと父親に面と向かって言う。
「あ、ああ。わかった・・・」
ちょっと怖かった為、一瞬言葉に詰まるが元よりそのつもりだった父親。
こうやってマユリは道場のお手伝いをすることで、毎月の小遣いを手にしているのであった。
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