72話 ゾーヤは十分に命を全うした。


 72話 ゾーヤは十分に命を全うした。


「救いを求めよ。そして、虚無を知れ。誰も、貴様を救うことはできない。この世に救いなど存在しない。誰も貴様の声に耳を傾けない。この世はそうやって出来ている」


「はぁ……はぁ……たす……けて……」


 無様に涙を流しながら、

 『誰か』に助けを求めるゾーヤ。


 老いている時から、生への執着はあった。

 若返ったことで、それが爆発的にふくれあがった。


 だから、『誰でもいいから、どうにかしてほしい』と、

 絶望の底で、必死になって想いを叫ぶ。


 いと深き宇宙的恐怖を、その身で体感したことで、

 ゾーヤは、神話狩りの面々が、これまで、

 どんな思いで、神話生物たちと向き合ってきたかを知った。


(感謝すべきだった……もっと……)


 これまでは、

 神話狩りとして戦い続けてくれた者に対し、

 『害虫駆除係』程度の評価しか下していなかった。


(この恐怖と……向き合ってくれた者に対し……私は、何をしてきた? ……何もしていない……)


 一応、300人委員会は、これまで、

 神話狩りの面々に対し、いくつかの報酬や特権は与えてきている。


 しかし、それが十分だったかと言うと、

 そうではなかった、と、ゾーヤは結論づける。


(……理解が足りていなかった……申し訳ない……)


 人は愚かだから、

 『痛み』を知る以外で、

 世界を理解することは難しい。


 どんな賢者でも、『痛み』を経験せずに真理を解することはできない。


 ――だが、『痛恨』を知れば、一瞬で全てを把握できる。

 きわめて現金な話。


 ゾーヤは、心の中で、

 『これまで神話狩りとして闘い、そして死んでいった者たち』へ、

 『己の無知に対する謝罪』と、

 『心からの祈り』を捧げつつ、



「……たすけて」



 『それでも生きたい』と、強欲な執着を口にする。

 命にしがみついている時、賢者も愚者も変わらない。

 何も変わらない。


 その様を見て、

 満足したのか、

 ギは、天を仰いで、


「それでいい。貴様の中で、濃厚な生死が揺らいでいる。美しい。貴様ら下等生物の視点で例えるなら、花火を見ている心境と言ったところだろうか。儚く、淡く、脆く……けれど、どこか力強い」



 そう呟いてから、

 スっと、視線を、ゾーヤに合わせて、


「十分だ。貴様は、十分に命を全うした。さあ、そろそろ死のうじゃないか」


 そう言いながら、

 右手をゾーヤに向ける。

 無慈悲なロックオン。

 曇りのない殺意。


 絶対に逃れられない死を前にして、

 ゾーヤは、


「………………たすけて」


 最後に、純然たる『救いを求める言葉』を口にした。

 しかし、本音の部分では、助けてもらえるとは思っていない。

 『アウターゴッドを倒せる者』など存在しえないから。

 仮に、どこかに、そんな超越的ヒーローが存在していたとして、

 しかし、その者が、自分を救う理由などみじんもないから。


 自分に、それほどの価値があるとは思えない。

 などと、自己卑下にまで陥ったところで、


 ――ギは、


「異次元砲」


 情け容赦なく、

 極大の魔法で、ゾーヤを消し去ろうとした。


 煌々と輝く終焉の輝きだけが、ゾーヤの視界を埋め尽くす。


 『綺麗だ』と、そんなことを想った。

 脳がパンパンに膨らんで、涙で万華鏡になる光。


 ――その極限状態の中で、

 ゾーヤは確かに聞いた。

 間違いなく、その魂に届いた声。






「――ヒーロー見参――」






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