71話 生への凶悪な渇望。


 71話 生への凶悪な渇望。


 体がみるみると若返っていく。

 ムクムクとシワが伸びて、肌の張り艶が輝きだす。

 二十代だった時よりも、はるかに潤沢なエネルギーが魂魄全体に満ちていく。




「はっ……はっはぁああっ!!」




 とてつもない活力に、つい感動してしまう。

 骨密度とATP量の爆発的向上。

 ホルモンバランスと自律神経も完璧に整う。

 首の痛みや腰の痛みも綺麗サッパリ消え去って、

 暴力的なほどの若々しさが、全身からあふれ出る。


 完全なる若さを取り戻すと、

 戦意と野心が膨れ上がった。

 と、同時に、生命への執着も。


 強大なパワーと美しき若さ。

 諦めていた全てを手に入れたことで、

 むしろ、『これから死ぬこと』の恐怖が膨れ上がる。


 死にたくないという根源的欲求が大暴走。


 ――そんなゾーヤに、


「今の貴様は、貴様の人生史上最高品質。さあ、その全部を賭して、かかってくるがよい。必死に舞うのであれば、数分は手を出さずにいてやる。さあ、決死の覚悟で、生(せい)にしがみつけ」


 そう命じられて、ゾーヤは、


(死にたくない……死にたくないっっ!)


 命じられた通り、決死の覚悟で、ギに突撃した。

 驚くほど軽やかに動く体。

 これまで抱えていた『老い』という重荷が嘘のように、

 命の全てが、若々しく、強く、強く、強く、燃えている。


 ――けれど、当然、


(……む、無意味だ……私は、若返って強くなった……けど、そんなモノは……この存在の前では、なんの意味もない……)


 闘いの中で、

 ゾーヤは、ギを尊敬しはじめていた。

 ここまでの『高い命』が存在するということを知って畏怖を憶える。


(神はすさまじい……これが神……なるほど、確かに、崇められてしかるべきだ)


 理解する。

 認識する。


 理性で世界を見聞する。

 知性で世界を認知する。


 そうやって生きてきた。

 だから今もそうしている。


 けれど、

 そんな人間性を保てたのは、

 ほんの数秒だけの話だった。


 膨れ上がった畏怖は、

 すぐに、

 ただの恐怖に堕ちる。



「ひっ……いぃいっ!」



 ギの『軽いカウンター』で、

 ゾーヤは、耳を飛ばされた。


 耳しか飛ばなかったのではなく、

 耳だけ飛ぶように調整された攻撃を受けた。


 ピンポイントかつ丁寧な激痛が走ったことで、

 ゾーヤの恐怖心はマックスになった。


「ひぃ……いぃい……」


 ギの攻撃を受けたことで、

 ゾーヤの中で『死』が強い輪郭を持つ。


(生きたい……死にたくない……)


 恐怖がマックスになったことで、

 根源的な感情が、彼女の全部を支配する。


「あっ……いぃ!」


 ついに戦意が死んでしまったゾーヤは、

 すがるように虚影を握りしめたまま、

 その場から逃げようとした。


 その足に、

 ギは、細いレーザーを放つ。


「きゃっっ!」


 足を貫かれて転倒するゾーヤ。

 すさまじい激痛の中、

 それでも、ゾーヤは、ギから離れようと這いずる。


 その背中に、ギは、


「美しく仕上がってきたな。それでいい。その様こそ、私の前に立つ者が持つべき姿勢」


「ひぃ……ひぃ……た、助けて……」


「そうだ。救いを求めよ。そして、虚無を知れ。誰も、貴様を救うことはできない。この世に救いなど存在しない。誰も貴様の声に耳を傾けない。この世はそうやって出来ている」

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