70話 アレマップ・ゾーヤとギ=ホヴェルグ。


 70話 アレマップ・ゾーヤとギ=ホヴェルグ。


 『虚影の補正を失っているナバイア』は、

 ゾーヤの蹴りを受けて、思いっきり吹っ飛び、

 壁に激突して、そのまま気を失った。


「はぁ……はぁ……」


 バカが嫌いなゾーヤは、

 ナバイアに対する怒りで、一瞬、恐怖を忘れることができた。


 が、しかし、怒りの感情は、比較的、簡単に冷めるもので、

 だから、呼吸が整ったと同時に、すぐ、


「……」


 また、恐怖の中に戻ってくる。

 感情の乱高下で、気分が悪くなってきた。

 自律神経が迷走している。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、頭痛と吐き気を催す。


 そんな彼女に、ギは、


「そこで寝ている『片腕の虫けら』は、それなりに優れた潜在能力を持っている。だが、貴様は、それを遥かにしのぐ資質を有している。絶対的にも、相対的にも、貴様は優れた魂の持ち主。惜しいな。貴様が人ではなく、もっと『適合した種』であれば、あるいは、とても大きな何者かになれたやもしれぬのに。例えば、スプリガンやエンプーサのような、サポート系の魔法を得意とする後衛職特化の種に生まれていれば……」


 などとぶつぶつ言いつつ、


「まあ、いい」


 ゆっくりと、武を構えて、


「さあ、くるがよい。いと深き感情の底を教えてやろう」


 その様を見て、『もはや、どうしようもない』と悟るゾーヤ。

 ギには、ゾーヤを逃がす気はない。


 立ち向かうしかない。

 それしか道はない。


「……もっと、楽しい人生だったら、よかったのにねぇ」


 などと、自分の人生を振り返りつつ、

 ゾーヤは、死に向かって特攻した。


 ヤケクソの特攻ではあったが、

 しかし、気が狂ったわけではない。


 シッカリと意識を持ったままのヤケクソ。

 だから、怖い。

 ネットリとした恐怖にからめとられそうになる。

 それでも、無駄な根性のせいで、足を止めることができない。


 ――そして、彼女は舞った。


 己の全部を、ギにぶつけた。

 できる全てで、神に立ち向かった。


 当然、ダメージなど与えられない。

 攻撃など当たらない。

 当たったところで、かすり傷にもならない。


 ゾーヤの会心の一撃も、

 ギからすれば、そよ風以下の圧力でしかない。


 剣を振れば振るほど、

 ゾーヤは、自分とギの差を理解する。


(遠い……神とは……こ、こんなにも遠いのか……)


 理解がかたまっていく。

 彼女の恐怖と絶望を感じたギは、

 ニィと黒く微笑み、


「私を強く感じているな、虫けらよ。それでいい。もっと、正しく私を知れ。――この上なく深い絶望を、とことん味わいつくし……そして、死ね」


「……ぅぅ!」


「真の意味で、貴様に、その剣を与えよう。貸し出すのではなく、くれてやる。貴様は、今、この瞬間に、剣と一つになった。さあ、虚影の全力サポートを受けて、自分自身を解放させろ。そうすれば、より鮮明に理解できる。私の大きさが」


 虚影が、正式に、ゾーヤの所有物になると同時、

 ゾーヤの全身に、大きな力が沸いて出てきた。


 虚影が、本気の補正をかけてくる。

 すると、体がみるみると若返っていく。

 ムクムクとシワが伸びて、肌の張り艶が輝きだす。

 二十代だった時よりも、はるかに潤沢なエネルギーが魂魄全体に満ちていく。

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