67話 センエースは存在しない。


 67話 センエースは存在しない。


「……やれやれ……もっと賢い男だと思っていたけど、どうやら、とんでもなくバカなガキだったようだね」


 そう言いながら、ゾーヤは、

 深いタメ息とともに、


「……まったく……」


 などと言いつつ、

 ギから差し出された虚影を、その手に掴む。

 この状況下で出来ることがあまりに少なかったが故の一手。


 賭けですらなかった。

 ただ、状況に流されざるをえなかった。

 それだけの安い話。


 ――虚影の柄をギュウと握りしめたゾーヤ。

 その瞬間、


「っっ! ぅう……っっ!!」


 命のふくらみを感じた。

 あふれ出る力の本流。


「ぁ……ぁああっ!」


 万能感で一杯になる全身。

 魂魄が充実していく。

 視界が広がっていく。

 自分を見失うほどに、すべてが軽くなる。


 そんな破格の覚醒を正面から受け止めたゾーヤは、


「……な、なるほど……確かに……これは、勘違いしそうになるね……私が、あと30年ほど若かったら……あるいは、ナバイアと同じ態度をとっていたやも……」


 そうつぶやいてから、

 ゾーヤは、ギに視線を向けた。


 オーラと魔力を理解したことで、

 彼女の目には、ギの表層が見えた。

 ギの表層は、


「……ぅ……」


 『外見の異様さ』が霞むくらい、

 エゲつなかった。


 暴力的な魔力とオーラの塊。

 壊れたダムの濁流のようでいて、静かな朝の湖のようでもある。


(ば、化け物……これが……アウターゴッド……こ、こんなもの……人の手でどうにか出来るものではない……)


 これまでは、英知だけで理解していた神話生物に対する恐怖感が、

 今、立体的な経験値となって、ゾーヤの血肉になっていく。


(こんなバケモノを……倒す手段など……あるはずがない……)


 力を手に入れたからこそ分かる、相手の力。

 アウターゴッドという脅威に対し、

 ゾーヤは、心の底から恐怖を覚えた。

 SAN値がガリガリと削られていく。

 並みの人間であったなら、とっくに発狂していただろう。


(確信した……センエースなどという英雄は存在しない……アウターゴッドを殺せる人間など、存在するはずがない……)


 これまでは、どこかで『存在するのかもしれない』と思っていたが、

 しかし、ゾーヤは考えを改めた。


 『アウターゴッドを相手に舞える英雄』など、

 人の中では、絶対に存在しない。

 それが真理。

 絶対の答え。


「私の力の一部を理解したな? では、かかってくるがいい」


「え?」


「私に立ち向かってこい。死ぬ気で私を殺そうとしてみろ。その過程を経て、はじめて、貴様らは、正しく、私という神を知るのだ。私の高みを。私の尊さを」


「……」


「私の全てを知り、その果てに絶命することで、貴様らの畏怖は、濃密なる私の糧となる」


「……あなたに挑むなど……無理よ……差がありすぎる……」


「当たり前の事実に逃げているヒマなどない。この私が、望んでいるのだ。貴様らは、ただ従えばいい」


「……」


「拒絶は許さない。というよりも許されない。命をナメるなよ、虫ケラ。私という宇宙的恐怖の最果てを前にして、安寧に死ねるなどと、決して思うな」


「……」


「自覚しろ。貴様らの前には私がいる。この私がいるのだ。畢竟(ひっきょう)。貴様らは、絶望を数えながら死に狂(ぐる)うしかないのだ」

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