35話 命がけのエール。


 35話 命がけのエール。


「な、なんだよ、これぇえええ!」

「か、かべぇ! 見えない壁がある!!」

「助けて、助けて、助けてぇええ!」


 見えない壁に行く手を阻まれる少年・少女たち。


 『翼の生えた犬が上空からとびかかってくる』という、

 『まともな神経を持った人間』なら、誰だってビビるであろう状況で、

 『まだ年端もいかない中学生たち』が冷静でいられるわけもなく、

 彼・彼女たちは、ひたすらに、壁を殴ったり押したりしながら、


「助けてぇ! お母さん!!」

「いやだぁあ! 怖いぃい! あああああ!!」


 まっすぐな地獄絵図。

 パニックの坩堝(るつぼ)。


 そんな、泣きじゃくる中学生たちの頭上、

 上空5メートルほどの地点で、

 カイザーウイングケルベロスは停止する。

 翼をはためかせてホバリングしつつ、


「矮小、矮小」


 ニタニタと笑いながら、


「貴様らに対して、特に『負の感情』は抱いていないが……主の命令には逆らえないんでね。ま、運が悪かったと思って死んでくれや」


 軽い感じのノリでそう言いながら、

 ガパっと口を開いて、


「じゃあな、矮小な虫ケラども――【異次元砲】――」


 あまりにも無慈悲な咆哮。

 極悪で強大で凶悪な照射。


 そのとてつもないエネルギーが直撃すれば、

 一般の中学二年生など、当たり前だが、

 一瞬で消し炭になってしまう。


 その絶望が、本能的に理解できたからか、

 その場にいる大半の中学生が、いっせいに、走馬灯を見た。


 これまでの短い十数年を振り返り、

 無意識のうちに、父と母に別れをつげる。


 そんな、濃い絶望が極限まで高まったところで、






「――異次元砲ぉおおおおおおおおお!!」






 突如出現した高校生が、

 犬の照射に対し、同じような照射を合わせた。


 空中でぶつかり合う二つのエネルギー。

 バチバチという、時空をへし折るような音が世界に響き渡る。


 膨大すぎるエネルギーは、世界の中心によって抑え込まれ、

 小さく、小さく、コンパクト化される。



「ぶぉおおおおおおおお! いや、えぐい、えぐい、えぐい!! しんどい、しんどい、しんどいぃ! 死ぬ、死ぬ、死ぬぅううううううう!!」



 その高校生は、ヘシ折れそうなほど奥歯をかみしめ、

 どうにか、こうにか、犬の照射が落ちてこないよう頑張っている。


 が、どうやら、犬の照射の方が威力は上のようで、

 ジリジリ、ジリジリと、押し込まれている。


 漫画やアニメで、

 この手のバトル風景に慣れ親しんでいる中学生たちは、

 特に『現状の説明』を受けたわけでもないが、

 しかし、今、自分たちが、

 『ヒーローによって助けられている真っ最中で、かつ、そのヒーローよりも犬の方が強いっぽいので大ピンチであることに変わりはない』


 という事実を即座に理解した。


 自分たちにできることは少ない、

 そう理解しつつも、しかし、何もしないわけにもいかないと思った中学生たちは、

 頭であれこれ考えるよりも先に、

 とにもかくにもノドを死ぬ気で震わせて、


「負けないでえぇええええ!! お願いぃいいい!」

「がんばってくれぇえええ!! 本当に、頼むからぁあああああああああああああああああああああ!」


 切羽詰まり切っている者の声援は、熱量が違った。

 ワールドカップのサポーターが裸足で逃げ出すほどの、

 文字通り、命がけのエール。


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