21話 流動性の呪い。


 21話 流動性の呪い。


 センが、屋上の死角に潜んで彼女たちを待っていると、

 二分後に、彼女たちが屋上に出てきた。


 彼女たちは、それぞれ、フェンスにもたれかかる。

 数秒、沈黙が流れてから、


 トコが、


「……今まで、ありがとな」


 ボソっと、そうつぶやいた。

 『黙ったままではいられなかった』――みたいな感じで、

 ボソボソと、


「あたしは、幸せやったと思うよ。死にたくなることはたくさんあったけど、生きたいと思えることも、まあ、なくはなかったし。だから……まあ……うん」


「もう、本当に……方法はないんでしょうか? 本当に、今日……トコさんが死ぬしかないんでしょうか……」


 黒木の言葉に対し、

 トコが、


「まあ、ないやろうなぁ……でも、まあ、うん……ほんとうに、そこそこ幸福な人生やったと思う。あんたらには感謝はしとる。昨日も、普通に完徹総出で、あたしの呪いを解く方法を探してくれたしな」


 そんな言葉を聞いて、センは、


(呪い……それなら、茶柱の案件で、普通に解けたはず……それに、確か、薬宮の呪いのリミットって……一年後とか、二年後とか……そんな感じじゃなかったっけ? あんまり、ハッキリとした数字は覚えていないが……少なくとも、今日明日の話ではなかったはず……)


 薬宮トコの呪い。

 それは、『既定の時間までに、薬宮トコが死亡しない場合、アウターゴッドが召喚されてしまう』という、厄介な呪い。


 だが、その呪いは、茶柱とのアレコレで『図虚空』を入手して以降、

 『すでに解決したもの』として世界に処理されていたはず。


(……まったく意味がわからん……なんで、急に、こんな謎展開……)


 センが、現状の不可解さに対して、

 多角的な思案をしていると、


「死ぬにはええ日や。そんなに悪くない。あたしは幸せやった」


 覚悟を決めた顔で、

 トコは、空を見ながらそう言った。


 その背中に対して、

 紅院たちは何も言えない。


 『何もできなかった者』に、発言権などない。


 トコは、腕時計をチラっと確認して、


「あと五分。さあ、ミレー。あたしを殺してくれ。厄介な役目を押し付けて、ほんま悪いと思っとるけど……これだけは、他のやつには任されへんからなぁ……」


 携帯ドラゴンは、緊急時に、自動迎撃を開始する。

 携帯ドラゴンをもっていない一般人に、自身の殺害を任せようとしても、勝手に反撃して返り討ちにしてしまう。


 自殺も携帯ドラゴンにふせがれてしまう。


 死のうと思えば、

 自分より強い『携帯ドラゴンの所有者』に殺してもらうしかない。


 携帯ドラゴンの主人に対する好感度が低かった場合、

 『自殺をふせがずにシカトする場合』もありえるが、

 トコの携帯ドラゴン『ヒドラ』は、トコを愛している。


 ヒドラは、絶対にトコを守ってしまう。

 それが、トコにとって最善か否かは関係なく、

 ヒドラは、確定で、純粋に、トコを守る。


 紅院は、奥歯をギリっとかみしめて、


「……やりたくない」


 ただの本音を口にする。


「そら、そうやろ。逆やったら、あたしも、同じことを思う。けど、どう思うかは、この際、関係ない。『一人だけ死ぬ』か、『全員死ぬ』か。その二択を前に、個人の感情は意味がない」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る