108話 いくら『今日』を頑張りぬいても、一向に『明日』がこない。


 108話 いくら『今日』を頑張りぬいても、一向に『明日』がこない。


「……少しはリラックスできましたか、陛下?」


「ああ、たぶんな」


 『やり方を間違えているヤツばかり』だったが、

 しかし、センの性格を考えた場合、

 実際のところは『まあまあ正解』だったりもした。


 『歪んだ男』には、『歪んだ感謝』がよく似合う。

 結局のところは、それだけの話。



 ――カップのコーヒーがカラになった。

 それなりに良い時間が経過して、

 太陽が高くなってきた。


 優しい時間は、






 ――唐突に終わる――






 前フリなどなかった。

 例の声は聞こえなかった。

 しっかりと、『完全に油断したタイミング』を狙われた。


 凶悪なほど狡猾に、

 『心と体が温かくなった隙間』を刺された。


 刃が風を裂く音と、重厚な爆裂音だけが世界を飾る。

 ただただ、『不愉快極まりない音』だけがセンの耳をつく。



 これまでと、特に変化のない絶望。

 まっすぐな絶望。

 だからこそ、より映える地獄。

 『特殊な音色』であやふやになどしてくれない。

 ただただ、純粋な痛みで、センを苦しめる。




「……」




 最初は、悲鳴も混じっていたが、

 しかし、数秒も経てば、

 静寂が訪れた。


 そこから、さらに数秒が経過すると、

 遠くで、車が爆発する音などが聞こえてきた。

 窓の外に視線を向けると、

 あちこちで、煙もあがっていた。


「は、はは……」


 グッタリと、力なく、

 イスに体重を預けたまま、

 センは、


「はははははははっ!」


 豪快に、『今』を笑い飛ばした。



「はははははは……はは……はーあっ……っと……」



 笑い飽きたところで、

 センは、イスから立ち上がる。


「楽しいねぇ」


 などと言いながら、

 さっきまで座っていたイスの背もたれを掴むと、


「嬉しいねぇ」


 などと言いながら、

 そのイスを机に向かって、

 思いっきりたたきつけた。


 耐久に振っているイスではないので、

 簡単に破壊することができた。


 そのままの勢いで、

 センは、カップを壁に投げつけ、

 メニューを引き裂き、

 別のイスの背もたれを掴んで、

 また豪快に破壊して、


「ははははははは!」


 真顔で、喉がつぶれるほど笑いながら、

 店内にあるだいたいのものを、全力で破壊していく。



 五分ほど、暴れ倒してから、


「はぁ……はぁ……」


 センは、膝から崩れ落ち、

 頭を抱えて、


「……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……」


 ただの感情を口に出す。

 『ヒーロー』の仮面を脱ぎ捨てて、

 『王』としての職務を捨て去って、

 ただただ、自分の感情を吐き散らかすセンエース。


「……苦しい、苦しい、苦しい……もう、イヤだ……辛い、辛い、辛い、辛い、辛い……」


 ひたすらに『弱さ』を叫ぶセンの背中を見て、

 カズナは、ようやく理解した。


 ――彼が、ただの人間であること。


 どこかで、カズナは、

 センエースを『特別な存在』だと認識していた。

 『自分とは違う特殊な生き物』だと思いこんでいた。


 違う。

 何も変わらない。


 センエースは、『絶望に耐性がある特別な存在』ではなく、

 『誰よりも必死に歯を食いしばっていただけ』の『人間』でしかない。

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