30話 たすけて。

 30話 たすけて。 


「言っておくが、私がその気になれば、貴様など100人いても瞬殺できる。今、貴様が生きているのは、私の殺意が向いていないから。それだけ。それ以外の理由はない」


「……」


「私が望まない限り、貴様は、私に近づくことすら不可能。それが、私と貴様の間にある差。人と神の差だ」


「……」


「わかったら、黙ってみていろ」


 そう言って、

 また、ウムルは地獄を再開する。


 耳をつんざく悲鳴が響く。

 ツミカは、うずくまり、頭を抱えて、


「……どうしたら……」


 どうしたらいいか分からなくて、

 悲痛の声をもらすことしか出来ない。


 悲鳴の音量が上がっていく。

 その叫び声を聞くたび、

 ツミカは、

 自分の体が裂けていくような感覚に陥る。



「もう……やめ……ほんとに……もう……」



 終わらない悲鳴の中で、

 ついに、ツミカは、


「だれか……」


 ボロボロと、涙を流しながら、






「……たすけて……」






 言葉をこぼした。

 ツミカが、『救い』を求めたのは、

 生まれて初めてのことだった。


 『精神の痛みから涙を流した』のも、

 生まれて初めてと言って過言ではない。


 茶柱罪華のメンタルの強さは異常。

 より正確に言うのであれば、

 彼女の『プライドの高さ』は異常。


 ゆえに、彼女は、基本的に涙を流さない。

 ゆえに、彼女は、他者に救いを求めない。


 心の全てを自分の責と捉え、

 命の全てを自分の咎と捉え、


 歪みながら、

 狂いながら、


 しかし、ここまで、ずっと、

 自分の『意志』のみを頼りに生きてきた。


 けれど、暴走する。

 感情が逃げ場を失って、

 心が迷走して、

 命の器に亀裂が入る。


 だから、こぼれた。

 『彼女が口にするはずのないセリフ』が、ポツリと。


 本来ならば、『助けて』など、彼女が口にするはずがない。

 そんな、みっともない言葉を口にするくらいなら、

 死んだ方がマシだと、本気で思っているバカ女。


 それが、茶柱罪華。


 世界最高峰の『スペック』と『プライド』を有し、

 しかし、それがゆえに――というのも、おかしな話だが、

 絶対的かつ確定的な事実として、

 『数奇な運命』に翻弄されまくっている、

 どこまでも可哀そうな美少女。


 どれほど残酷な運命を前にしても、

 まるで『高貴な猫』のように、

 気高く、美しく、自由に『強すぎる我』を貫く。

 ――そんな彼女が、

 しかし、今は、


「……だれか……」


 ぶっ壊れた器に寄りかかって、

 惨めに、救いを求めている。


 ……別に。



 ――『その言葉に応えようとした』、

 というワケでも、

 実際のところは、

 ないのだけれど、


 でも。


 決定的かつ核心的な事実として、


 彼は、

 とびっきりの覚悟を謳う。








「――ヒーロー見参――」








 そんな、

 『頭おかしい宣言』と共に、

 『センエース』は、


 突如、ウムルの頭上に出現した。

 見間違えようのない完全な瞬間移動。

 亜空間を移動して、

 ウムルの死角を奪い取った。


 そのまま、重力に逆らって落下しながら、

 右手に握っている『奇妙なナイフ』を、

 ウムルの頭部へと、

 思いっきり突き刺す!



「ぅううっ、がぁああああああっっ!!!」



 激痛を想起させる悲鳴をあげると同時、


「ぐぅうっっ!!」


 『ウムルの体』がその場から、

 シュンっと消えた。


 反射で瞬間移動の魔法を使い、

 その場から退避したのだ。


 20メートルほど離れた場所に出現すると、


「っっつぁああ……くぁあ……痛っっ……たぁ……うっ……くぅ……」


 魔法で頭部の損傷を回復させつつ、

 『自分の頭部にナイフを突き立てた男』をギラリとにらみつける。

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