あいまいな記憶。

 あいまいな記憶。


(頭が……重い……なんだか、記憶が……かすれている……)


 『何も思い出せない』というワケではないが、

 『眠りにつくより以前の記憶』が奇妙に断片的。


(かすれている……しかし………………残っている……)


 必死になって、自分の奥を探ってみると。


(完全に思い出せないワケじゃない……間違いなく、残っている……胸の奥に……かすかに……わずかに……小さいけれど、しかし、間違いなく……俺は……確か……)



 妙なモヤがかかっている重たい頭を支えながら、

 ゆっくりと体を起こすと、スールは、

 向かいの簡易ベッドにカドヒトが腰をかけているのに気づく。


「よぉ、起きたか」


 と、声をかけられて、

 スールは、


「……主……っっ」


 カドヒトの存在に気づくと同時、

 反射的に、インパルスがはじけた。


 慌てて立ち上がり、

 片膝をついて、こうべをたれる。


 『頭の中』は『奇妙なくらい真っ白に近い状態』で、

 けれど、いや、だからこそ、反射で行動することが出来たのだ。


 『こうするべきである』という理解が、

 そのまま体をつきうごかす。


 そんなスールに、


「はぁ? 何いってんだ? あたま、大丈夫か?」


「……尊き光……全てを包み込む……暖かな……」


 脊髄反射で言葉が流れた。

 理解を介さない言語。

 ウェルニッケ野がマヒしている感覚。


「おいおい、どうした? マジで大丈夫か?」


「大丈夫? もちろん……きっと……だって、俺は……俺……は……??」


「なに『混乱』してんだよ」


 主の言葉が、頭の中に浸透していくと、

 スールの中で、

 記憶の輪郭が溶けていく。


(……主……この上なく尊き命の王……なにが……だれが……)


「おいおい、スール……変な『夢』でもみたのか?」


 主――カドヒトの言葉が、頭の中を埋め尽くしていく。

 あいまいだった記憶に拍車がかかる。


「……リーダー……」


 ボーっとする頭を、どうにか支えるスールに、


「とりあえず、座れよ。なんで、俺に平伏してんだ。俺にそんなことをする必要はない。俺は、誰かに跪(ひざまず)かれるほど大層な人間じゃない。俺なんざ、どこにでもいるただの変態でしかない」


 カドヒトの言葉が、スールの中で現実になっていく。


(……そうだ……片膝をつく必要はない……そんなことをする理由がない……ない……はずだ……本当に? ……たぶん……きっと……)


 強制的な理解にいたると、スールは、

 とりあえず、片膝をつくのをやめて、

 ベッドに腰を下ろす。


「ぁの……ぇと……リーダー……なんで、俺……ここで寝ているんでしたっけ?」


「おいおい、寝ぼけすぎだろ」


 カドヒトはカラカラと笑ってから、


「……『パメラノとの会談で脳を消費しすぎて眠い』っつったのはお前だろ。ほんの一時間ほど前の話だぜ」


「ああ……そうか……そうだったっけ……」


 スールの中で、カドヒトの言葉が『現実』になっていく。


 そんなスールの状況を理解したカドヒトは、

 ニっと黒く微笑んでから、


「さてと、それじゃあ、俺は、この後、用事があるから帰る。知り合いとメシ食いにいく約束してんだ。というわけで、戸締り、よろしく」


「ああ……はい」


 返事を聞いたカドヒトは、

 仮眠室を出て、

 後ろ手に扉を閉めたところで、

 ニっと微笑み、



(こんだけやれば、十分だろ……)



 心の中でそうつぶやいてから、

 瞬間移動で、その場を後にした。

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