バンプティを縛っていた何か。

 バンプティを縛っていた何か。


「虫ケラのささやきごときで、私が懐柔されるとでも? ナメるのもたいがいに――」


『ナメてなどいない。お前を縛っているカラを砕いてやると言っているだけだ。ほら、聞こえないか? お前を縛っていた全てが砕けていく……その音が聞こえないか?』



「……カラが……くだける……音……」



 仮バグの言葉で、

 驚くほど、奇怪なほど、

 バンプティの心が、

 グニャリと、ゆがんでいく。

 何かが壊れていく感覚。


 バンプティは、生まれた時からずっと、

 自分を縛っている『何か』を感じていた。


 仮バグに犯されたことで、

 その『何か』にヒビが入った音が、確かに聞こえた。

 だから……



『バンプティ、お前の可能性は大きい。さあ、無意味な抵抗はやめて、オレを望め』



 可能性の扉が見えた。

 頭の中を、無数の光が飛び交う。


 見えてしまった。

 大いなる未来。


 絶望を切り裂く最果ての姿。


「うぅううううっっ!!」


 猛烈な激痛と不快感の奥に、

 バンプティは、『途方もない未来』を見てしまった。

 ゆえに、


(……大きな……未来……)


 黒いけれど、確かに輝く明日。

 壊れて、歪んで、腐って、


 溶けて、弾けて、

 そして、また、結(むす)んで、


(いけるのか……この私が……この私ごときが……あの遥かなる先へ……ああ、狂気の可能性が見える……私にも……私なんかの目にも……この上なく尊き……光の最果てが……)




『砕いてやるよ、その鎖。お前の可能性を邪魔していたノイズを、オレが調律してやる。今日は、お前の誕生日。さあ、本当のお前をはじめよう』




 心がズレていく。

 ズレて、歪んで、

 けれど、

 その分だけ、

 ――整っていく。



「がぁあああああああああっっ!!」



 激しい叫びは、

 途中で、



「――ぁ――」



 プツンと、糸が切れたようにかすれて消えた。


 シンと静かに、

 無音だけが空間を支配する。


 呼吸の音すら聞こえない。

 ただただ静かな世界。


 そんな静寂の片隅で、

 ――無を見つめながら、

 バンプティは、天を仰いでいる。


 ここではない、どこか遠くを見つめているバンプティ。


 無音の5秒間が経過した時、

 バンプティは、その視線をカドヒトに向けて、


「……バンプティという非常に優れた肉……それが、『オレ』の魂魄と融合したことで、きわめて優秀な異形となった……解き放たれた気分だよ。これは『私』が求めていた力。この概念は、最強を名乗りえる器……『私』と『オレ』が合わさったことで完成した器。これがバンプティだ。本物の……バンプティ……」


 『バンプティ(仮バグ)』の言葉を受けて、


 『カドヒト』は、

 軽いタメ息をつきつつ、


「精神支配系の寄生虫……バグはその手の技を使わなかったが、虫種には珍しくないタイプだから、さほど驚きはしない……が……しかし、バンプティが、虫の支配力に負けたってのには、多少驚かされたな……普通に打ち勝てると思ったが……んー」


 などと言いつつ、軽く首をまわして、


「まあ、でも、まだ完全に負けたワケではなさそうだ。感じるよ。バンプティの叫び。抗おうとしているのを、確かに感じる。負けるものかと、叫びながら、しかし、心の厄介な部分を持っていかれたことを悔やんでいる」


「それは、貴様の妄想だ。『私』は『オレ』と一つになることを望み、重なり合った。それだけの話だ」


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